維新政治の末路

大阪人権博物館が今日で閉館になると言う。

これは、このコロナ禍の中でも行かなければいけないと思った。
それで新幹線の切符買うかどうかも迷ったのだが。。。

結局東京駅の人となっている。
そしてのぞみの切符をEX予約で手に入れていざ大阪を目指す。
決死モデル:チームTレナ

車内にはほとんど人がいない。
例によって、一番前の席をゲットし正面のコンセントを使って悠々とネット三昧であるが、後ろの話声がなんだか気になる。
まさかこっちが見えてるんじゃないだろうな?とか。

箱根の山あたりでいったん電波が途切れ、愛知県に近くなりまた電波が復活。
程なくして関ヶ原も越え、逢坂山のトンネルを抜けると京都に入る。

そして新大阪に到着。
大阪まで新快速に乗り、大阪環状線に乗り換える。

大阪環状線で芦原橋に到着。
芦原橋に来るのもかなり久しぶりとなる。
決死モデル:チームPさくら

少し前までは店がほとんどないゴーストタウンの様相だったが、現在は少しは店があるようである。
しかし芦原生協は閉店してしまったようである。
大阪にいた頃は、ここでさいぼしや油かすを買ってたのだが・・・

さて、新なにわ筋をしばらく歩くことにする。
この辺りは全然変わっておらず、高層住宅と草の生い茂った空き地が混然としている感じである。

このコロナ禍の中、大阪に来ようと思ったのはほかでもない、この大阪人権博物館のラストを見届けようということである。
そのような客は他にも来ており、思い思いにスマホで写真を撮る人が多い。

この大阪人権博物館は、同和教育で名をはせた大阪市立栄第一小学校の校舎を模した建物であるが、賃料の補助がどうたらとかいう関係から、今日で最後となり2022年を目途にまたどこかで開館するのだという。

さすがにこのコロナ禍で、最初はアルコールでの消毒と、検温が待っている。自分の場合、緊張すると体温が上がるのだがどうにかパスすることができた。

展示は、同和問題の他にもコリアン、沖縄出身者、障害者、ハンセン病患者、LGBTなど、ありとあらゆるマイノリティに亘るが、実物はそれほどなくパネル展示が主となっている。
決死モデル:チームR園田

次はなんばパークスの南海ホークスメモリアルホールに行くことにしたい。
芦原橋からだと、浪速西3丁目から29番のバス(なんば~住之江公園駅前)に乗り難波に直接行くのが早い。

ところで、この芦原橋を通る系統は、大阪市電も桜川~出島の系統が29番だった。
そして新なにわ筋も大阪府道29号線と、何らかの意図があってこの付番にしているのではないか?と疑うほどである。

バスは南海汐見橋駅の前を通り、難波に到着。
難波のバスターミナルはうらぶれた所にあるが、だいたいこれは芦原橋や大正方面の専用ターミナルのようである。

そしてなんばパークスへ。
大阪球場のマウンドやホームベースがあった所にはレリーフが埋め込まれている。
ここで野村がミットを構え、そして向こうから杉浦がアンダースローで投げてきたのである。
決死モデル:トルソーさん丸尾

そして9階には南海ホークスメモリアル展示室があり、当時の優勝カップなどが展示してある。
噂通り、野村に関する資料や記述は何もない。
野村は南海ホークスとは完全に決別したのだ。大沢親分もそうだというが・・・

そして次は寺田町駅の例の駅名標を見に行くことにする。

難波から南海電車に乗って新今宮へ行くことにする。
新今宮のベンチには羽車ソースの看板があるが、貧乏で粗暴そうなおじいさんがドッカリ座っている。
カメラでも向けようものから「キレる老人」に早変わりするだろう。
腕力でかなわないことはないだろうが、旅の途中でトラブルは御面である。
まして加害者になるのは・・・
仕方が無いので4番線まで行って同じ看板を撮る。

そして環状線で寺田町へ行き、昭和初期からあったという寺田町駅の駅名標をゆっくり撮るが、なにぶんにもアクリル防護板で反射して撮りにくい・・・
決死モデル:チームWBノノナナ

それでも数枚撮影して、次の目的地へと急ぐことにしたい。

 

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