加悦のSL広場が3月で無くなるの無くならないのと…
加悦SL広場、20年3月閉園へ 貴重な鉄道車両27両展示「引き取り手探したい」 https://t.co/7SJuXsWNX8
— 京都新聞 (@kyoto_np) December 23, 2019
これはーも二もなく行かないといけない。
ということで、飲み会を1次会で失礼してパスタ新宿へ急ぐ。
そして埼京線でひとっ飛びに新宿に到着。
埼京線ホームの上が正にバスタ新宿となる。
バスタ新宿は相変わらずすごい人出である。40年ぐらい前なら、ここにいる客はみな夜行列車に乗っていただろう。
やっぱり夜行列車復活の目はないんだろうか・・・
さて、神戸三宮行きプレミアムドリーム117号はD11番乗り場。待合室からは反対方向となる。
(決死モデル:トルソーさんの丸尾)
車内では、以前の食肉の祭典で買ったさいぼしを食べてしまうことにしたい。さいぼしは保存食なのでそうそう腐ることはないと思うが。
結局、旅行を通じて腹を壊すことはなかったので一安心。
後は夢路に就くのみ。
京都駅には6時前に到着。30分近い早着である。
外はまだ暗い。
待合室になるような所も無く、バスの待合室で待つことにする。
ここは高速バスの拠点であると共に、まだ周山までの一般バス路線が残っている。
(決死モデル:チームPメイ)
今回、まずはこの周山までのバスに乗り、そしてそこから先はふるさと京北バスと南丹市営バスを乗り継いで日吉に出ることにしたい。
そのJRバスは、立命館大学を過ぎると、京都からすぐとは思えないほどの深山幽谷と峠道を通る。北山杉の拠点もある。
トンネルを抜け、京都市営バスのバス停が「京北ふるさとバス」に変わっていくと、すぐに終点の周山到着となる。
9:17に到着した周山駅は国鉄バス時代から変わっていないバス駅である。
保存レベルとしてはかなり高い。
国鉄時代はここから先、小浜まで行くことができたのだという。
(決死モデル:チームY楼山)
さて、ふるさと京北バスの上佐々江行きは確か10時ちょうど・・・ と思ったら、確か今日は成人の日で祝日だっけか? 高速バスの中で見てたネットではやたら成人の日の話題や、去年の「はれのひ事件」(拙ブログでもふれている)の話題がツイートされていたが・・・
となると、祝日の時刻表を見ないといけない。
しかし祝日に10時発の周山行きなんてない。
ということはどうすればいいんだ?
京都駅で周山行きの1つ前のバスに乗っていれば、あるいは9:08の南丹市英バスの宮脇行きに間に合っただろうか。
ただ、この宮脇行きも上佐々江で乗り換えることになるが到着は9:33。ここから先の日吉行きは9:24で間に合わないのは最初から決まっていた。
こうなるとどうすればいいんだ? 〽どうすりゃいいのさこの私~
タクシーで上佐々江まで行く?しかし前述の通り上佐々江から乗るバスはない。
してみれば、10:10にこの周山を出るバスで戻らんといかんのか?
単純往復は嫌だが仕方ない。
しかし京都駅に到着するのは11:33。11:20発の「きのさき5号」にはタッチの差で間に合わない。
しかし、京都から北側へ延びる路線ということは、山陰本線のどこかの駅で乗れないか?
と思ったら、二条駅前到着が11:11、「きのさき5号」が二条に停車し、出発が11:30で乗れるのである。
ではこれで行こう!
途中、福王子あたりで渋滞があったので気が気ではなかったが、どうにか二条に到着。
二条から特急券を買って「きのさき5号」に乗り込む。
(決死モデル:チームPさくら)
車両は北陸本線でサンダバとして走ってたであろう683系の交流設備を解除した289系となる。
案の定、車端部だけ電源を取ることができた。
車内では日頃の睡眠不足を解消しますかね・・・
そうこうしてるとすぐに福知山に到着した。
さて昼食を食べるなら福知山となる。
それも13:03の天橋立ケーブル行きのバスが出るまでの20分弱の間で。
さあどうする?と思ったらおあつらえ向きの場所があったので、ここでさっさと食べることに。
さあ13:03のバスに乗ろう・・・と思ったら、休日は運休だという。
あれ? 丹海バスのホームページにそんなこと書いてたか? 改めて調べてみてもそのようには書いていない。ではホームページが間違ってるということ?
ともかくも仕方がないのでYahoo時刻で調べたら、13:13に宮津行きがあるではないか!
これはありがたい。さっさと乗り込むことに。
(決死モデル:チームTフジアキ)
京都に来てからというもの、バスはこんなのばっかりである。まあ今時の地方の路線バスは観光客のための乗り物ではなく、高齢者が病院に行くための乗り物だからね。
さて、福知山からの宮津行きと言えば、架線の下をディーゼルカーが走る。
そして交換駅がやたら多い。これは特急主体のダイヤを組みたいということだろうか。それでなくても天橋立という大観光地があるからできることか・・・
加悦鉄道が走っていた頃は「丹後山田」、北近畿タンゴ鉄道になってからは「野田川」という駅名になっていたはずだが、現在は「与謝野」になっている。自治体としても、加悦の方まで含めて「与謝野町」となっている。
しかしこの与謝野駅、周囲には何もない。
なるほど、こんな駅までしか通っていないようなローカル私鉄は早晩廃止の憂き目にもあっただろう。
そしてまた、加悦までのバスというのが休日運休というか、存在していないのだ。
いくらなんでもおかしいと思って丹海バスのページを見てみたら、自分が見ていたページは、「2019年9月までの時刻表」だったというのだ・・・!
過去の時刻表をここまで堂々と乗せてていいものだろうか?
ちょっとこれは抗議が必要ではないだろうか。
(決死モデル:チームWB小津麗)
仕方が無いので、タクシーで行くことにした。
大枚3,000円近くを費消して加悦SL広場に到着。
加悦駅は昔の姿のままで残っていた。
それにしても・・・
思っていたよりかなり広大である。こんな不便な所にある鉄道展示施設としては、日本最大級ではないかと言うほどのものだった。
まずホームには古典蒸機と古典客車が2組残っている。
そしてその車内に入ることもできる。
かなりきれいに整備されていた。
(決死モデル:チームTヤギー)
そしてその脇には、キハ10系とキハ08が展示されており、これはかなり錆が入っていた。
小坂鉄道と同じで、優先的に整備する対象はかなりやるが、ディーゼルカーのような観光客から見て凡庸なものは整備対象からは外れるらしい。
やっぱり金がない以上仕方ないのかな。そもそも存続自体が危ういというし・・・
それにしても、生でキハ08を見る機会というのは全く初めてである。
しかし、加悦SL広場の真骨頂はこの古典蒸機にとどまらない。
構内には産業用のDLやらディーゼルカーやらが所狭しと並んでいる。
何となればC57やC58といった、国鉄の山陰本線や宮津線で走っていたであろうSLまで残っている。
ここまで産業用機関車に力が入っているのは、そもそも加悦鉄道がニッケルの鉱山鉄道であったということも無関係ではないだろう。
なにしろ扇形庫まで残っているのだ。
しかし惜しむらくは、今日がやたら激光であるということ。
冬の日差しはやたら強い。
ところで、チマチョゴリの人がいるのだが・・・
朝鮮高校の女子生徒でなおかつ鉄子? どんだけニッチなの? と思ったがきっとこの方は糸目今日子さん・・・?
結局話しかけられないままになってしまった。
さて、堪能するだけ堪能したら、17:03のバスで戻ることにしたい。
このバスはまだ走っていた。
与謝野駅に到着した頃にはすっかり暗くなっていた。
ここで指定席特急券を買おうと思ったら「時間かかるんですわ。17:58の特急には間に合いそうもう無いんでやめときますわ」と、仕事がいやそうな様子。
では自由席特急券と思ったら何と硬券である。
ウィラートレインズ、なかなかいい仕事をする。
(決死モデル:チームWB嵐山)
さて、その「はしだて8号」は逆向きで与謝野に入線し、宮津で折り返して京都を目指すこととなる。
天橋立でかなりの客が乗って来た。
そして福知山や綾部でまた乗ってきて、ほぼ満員の状態となった。
そして京都駅に到着。
京都の旅の最後は、ぶぶ漬けでも・・・ と思ったら、ぶぶ漬けをやっている店は既にもうやっていないのだという。
(決死モデル:チームRナオミ)
仕方が無いのでとんかつでも食べることにしたい。
これで京都というか加悦への旅は終わってしまった。
あとはドリームルリエ102号で帰るのみ。