【ブックレビュー】岩手の重要犯罪

自分が欠損畑であると同時に、昭和史畑であることは先のエントリで述べた通りであるが、自分をその昭和史畑・・・いや、昭和史沼に沈めたのは正にこの本である。

見ての通りで、昭和34年に岩手県警察本部がそれまでの県内の事件について詳細に書いた本なのであるが、久しぶりに図書館で借りてみた。
千葉県立には無いので、岩手県内の図書館からの取り寄せである。

なにぶんにも警察マターとなるので、今回の決死はデカレン出身の2人(チームPウメコとチームYジャスミン)に御登場願う。

この本がどういう本かというと、兎にも角にも文章が大時代的で秀逸であるということに尽きる。

著作権法的には「団体の著作物」にあたるので、何となれば全文掲載しても差し支えないのかもしれないが(過去エントリも参照)、犯罪を取り扱っているだけに関係者への迷惑という事に配慮しなければならない。

事実、本書でも問題は発生したようで、朝日新聞盛岡支局に勤められた方の回想記にもそのことが記されている。

曰く、

「たとえ 殺人犯でも刑期を務めあげた以上、それなりに罪をつぐなったのだし、このままでは人権侵害に なる。本は直ちに回収されるべきだ」
 担当記者は取材を始め、原稿にした。それは、この年三月四日付の岩手版に載った。「県警出 版の本に批判の声」「“旧悪をあばく恐れ”」「犯罪者の本名を使って」という三本見出しのト ップ記事だった。
「あのときの松本さんの肩書きのない、ただの人に寄せる心の深さと、権力の座にある人に対 するきびしい目には身のひきしまる思いがした」

こんな御立派な事を言っている割には、昨今のマスコミのマスゴミっぷりはどうだろう。
マスゴミの報道が被害者を苦しめている例など、この2017年に入って以降だけでも随分とあるではないか。朝日も含めてである。
そうかと思えば、政治ニュースは記者クラブで飼い慣らされた記者だけが情報もらえる仕組みになっていたりとか・・・

報道の理念って何なんでしょう?

・・・あ、いや、ここはそんなことを論じる場ではない。

話を本書が刊行された戦後10年たったぐらいの頃に戻すと、その時代の警察関係者ときたら、戦後の人権尊重の気風を歓迎するどころか憎んでいる気配すらある。

本書ではないが、別の犯罪捜査関係の本では、

「戦後になり人権尊重が叫ばれるようになり捜査や取調がやりにくくなった。被害者の人権はどうなるというのか」

という恨み言を、臆する気配もなく書いている。

本書にしても、「人権感覚」に関していえば、目を覆わんばかりの状況である。(だからこそ本書にある種の強烈なインパクトがあるわけだが)

さしあたって目に付くだけでもこれだけの表現がある。

  • 若い客の相手をしていた酌婦の(被害者:実名)は客はどことなく暗いかげがさしているのを心ずきながらも、これを究明するような脳力の持ち合せもなく、強いられるままに二人で四五本の銚子を傾け、客から同衾することを要求されて・・・
    (蔦屋の女将殺し事件(昭和4年))
  • 心神耗弱者とか、変質者は常人よりも自分の子供を偏愛する癖が多いもので、(犯人:実名)は五男の(犯人の五男:実名)(当時七年)を偏愛し、若し他人が(犯人の五男:実名)をいぢめたりすると、(犯人:実名)は怒ってその報復をするので近隣から恐れられていた。
    (中略)
    犯行は偶発的な単純なものであるが、平素薄のろといわれている
    (犯人:実名)はが、一度怒ると前後のみさかいもなく凶暴性を発揮し、惨虐目をおうような実父殺しを平然と敢行してしまったのである。
    (達曾部の尊属殺し事件(昭和5年))
  • 当時第一の容疑者として(犯人:実名)を取調べたが、(犯人:実名)は薄バカであり、このような大それた罪を犯すはずがないし、また(犯人:実名)が投書するはずがないとの先入感が妨げて引致した翌日帰宅させてしまった。
    (軍人留守宅殺し事件(昭和18年))
  • (犯人:実名)の父親(被害者:実名)は箸にも棒にもかからない極道者で飲んだくれで家業を顧みないのみならず、(犯人:実名)が不具の身を以てあがなったその労苦の結品である飯米までも持ち出して酒色に代えるという無軌道ぶりであった。
    (轟木の実父殺し事件(昭和30年))

もう一事が万事この調子。

もうこのような書き方は現在ではできないだろう。
こんな本書の白眉は、大時代的な表現の数々である。

もはやそれは良く言っても「官製講談」、悪く言えば「官製カストリ雑誌」としか言いようのないような、警察みずから大衆の興味をこれでもかこれでもかと煽動するような文章のオンパレードである。

  • 二人はいつしか深い恋仲となり、(犯人:実名)は夫(被害者:実名)を嫌うようになった。それに(被害者:実名)は毎日魚行商のため、他出がちなのは二人にとって逢瀬を楽しませる結果となった。遂に二人は夫婦となることを約し、(被害者:実名)を亡きものにせんと相談し、その機会を覗っていたが、遂にそれを決行する日がきた。
    (見前村(犯人:実名)夫殺し事件(大正元年))
  • 同日午後零時ころ、こんなたくらみがあるとは知らない(被害者:実名)は柴木を背負って下山しダイナマイトの装置を踏み付けたのでたまらない。轟然とダイナマイトが爆発し、右足下部挫減の重傷を負ってその場に倒れてしまった。
    (伊手村の爆殺事件(昭和2年))
  • 秋も深い十一月下旬の昼下りは、太陽はつるベ落しで、午後四時というのに空合いの関係もあるがもう薄暗くなった。これから冬の訪ずれるであろうみちのくの天地は、満目荒涼として晩秋の寂寥は一しお行人の胸をうつ
    (蔦屋の女将殺し事件(昭和4年))
  • そして(被害者:実名)と(被害者の父の後妻:実名)が以前から不倫の関係にあったことをるると述べ(被害者:実名)に対す陥る悲痛な心情をうったえ、悲憤慨嘆するのを聞いた(犯人:実名)は、非常に父親に同情し、兄(被害者:実名)の非行を憤激し、むしろ父のため、一家のために兄を殺害しようと決意し風呂場からまさかりを持って来たので父親(加害者と犯人の父:実名)は驚いて極力これを制止した。父の制止で一旦思い止まったが、しかし(犯人:実名)は兄に対する憤懣の情堪えがたく、たまたま父の(加害者と犯人の父:実名)はちょっと座を外したので、不図傍らに臥床している兄の寝顔を見るや、老齢な父親を斯くまで苦しめながら、自分は何知らぬ顔して安眠し居るとは犬畜生同様の人間なりと思われ、到底憤激の情を制することができず、傍らに置いたまさかりを持って兄(被害者:実名)の頭部に数回斬り付けた。
    (山田の兄殺し事件(昭和4年))
  • (汚職被疑者:実名)は埼玉県の生まれで、盛岡高等農林学校卒業、盛岡銀行重役である名望家(被疑者の岳父:実名)の女婿となり、洋行費を出してもらってアメリカのスタンフォード大学に学び帰朝して、盛岡商業の教頭となり三十三、四才で校長の椅子を獲得したという才物であり、幸運児であるこれがまた徹底した独裁者で、学校の経営はすべて彼の一存で行われ、いささかの反対も許さなかった。
    (敎育疑獄事件(昭和7年))
  • 同年の八月中ごろ(犯人:実名)は、(被害者:実名)の妻(被害者の妻:実名)が「(被害者:実名)は病気がなおったので近いうちに監置場から出される」と話したとのことを聞いた。(犯人:実名)は、(被害者:実名)が監置中に監置場に木や石を投げ込み(被害者:実名)をいぢめたことがあるので(被害者:実名)の出所を極度におそれ、出所後復讐をされるのではないかと憂慮し、むしろまだ出されないうちに密かに監置場に放火して、(被害者:実名)を焼き殺さんと決意した。いわゆる恐迫観念にかられての決意であった。
    (荒沢の放火殺人事件(昭和8年))
  • 実直怜例で姉思いの一少年が、姉が花柳の巷にありながら自分のために学資を貢ぎ、そのため花柳の巷に坤吟していると信じ、その姉の恩義に酬い姉を苦界より救わんとして、主家をおう殺し、金を奪ったという哀話が県北久慈警察署管内に発生した。
    (種市の主人一家三人殺し事件(昭和10年))
  • 出発直前岩手公園梅林に勢揃いをなし、冷酒を酌んで、葛西警察部長、佐々木盛岡署長、台刑事課長から交々激励の言葉を受け、八名の警察官もまた事成らずんば再び生きては帰らぬ悲壮な覚悟をした。
    (中略)
    ―――と星の燦めく真夜中、仙台駅に人波に採まれながら下車した四人の男がある。若し盛岡、仙台間において犯行がなされなければ一先ず四名は仙台に下車し、残りの四名は上野まで尾行の指命を受けた(捜査員:実名)の四名の捜査隊員である。
    (中略)
    可憐な罪もない少年を誘拐して何処に置いたか、お前も人の子の親の気持は判っているだろう。誘拐した少年のあり家を話してはどうか」
    (中略)
    「犯した罪は罪として法の裁きを受けなければならないが、その前にお前は犯した罪を悔ゆる一片の良心があり、少年の親に対し済まぬ、気の毒と感ずる慈悲心があったなら、その少年を親の手許に返してはどうか―――」
    (中略)
    如何に頑強に否認し続けている(犯人:実名)でも、翻然人間性に目醒めることがある。
    それは静寂な獄合に過去をふりかえり、家郷の妻子に思いを馳せるひとときである。そして自分の行為に反省を求められ、聖賢の道を―――仏陀の慈悲心を―――基督の教えを―――説かれ、人の子の親とひたぶるに魂をゆり動かす係官の真情には、流石(犯人:実名)も抗し得なかったのである。
    (中略)
    ひたひたとしのびよる秋色―――さらでだに悲愁の感は捜査陣の人々の胸にもひしひしと追って来る。
    旧桜山南部家墓地の松籟は秋風蕭条、悲曲を奏でている
    (角田屋事件(昭和21年))
  • 昭和二十九年八月三十日午前九時三十分ころ場所もあろうに盛岡市不来方町警察本部長公舎前路上で血醒い人妻殺し事件が発生し大騒ぎを演じた。
    (白昼の人妻殺し事件(昭和29年))

お役人が書いた本で、これ以上のものは空前であり絶後ではないだろうか。もうそれしか感想の言いようがない。

補足

上記にある、当時の朝日新聞岩手版で問題にされた旨の記述が気になり、実際に国会図書館へ行き当時の朝日新聞岩手版を見てきた。
実際は、昭和34年3月4日~6日まで。ちょっとしたキャンペーンを行っていたようである。

朝日新聞で問題にしたのは以下の2点。

  • 既に刑期を終え、家族を持ち新しい生活をしているのに、旧悪が暴露されてしまう。
  • 巻頭カラーで凄惨な殺人現場の写真が掲載されているものが、県内の小中学校にも多数注文されている。

これに対する各界の反応は以下の通り。

  • 盛岡市 社会教育課長
    • あの生々しい現場写真があるので、本を開くのも嫌だ。あれは青年以上でないと読まない方がいい。
  • 推薦状を書いた岩手大学教授
    • 版元(熊谷印刷)に頼まれて推薦状は書いた。
      しかしあのカラーの凄惨な現場写真は使うなと言ったはずなのだが・・・
  • 岩手医科大学 精神科教授
    • 犯罪をまとめてくれたのはありがたい。
      ただ、あんな凄惨な現場写真は不快なだけだ。本当にあの写真が必要だったのか。
  • 盛岡地方検察庁 検事正
    • 実物を見ていないので何とも言えないが、警察は本を作る所ではなく犯人を逮捕するところだろう。
  • 岩手県 教育長
    • あんな凄惨な写真が教育になるとは思えない。
      社会の勉強に使うなんてもってのほか。
  • 岩手県 厚生部長
    • 精神異常者への配慮もしてほしかった。
  • 岩手県知事
    • 県警本部長から報告をもらってないので何とも。
      ただ、凄惨なカラー写真まで入れることはないだろう。
  • 文部省 初・中等教育課長
    • あんなどぎつい写真のある本を学校で買う必要があるとも思えない。生徒の眼に触れない所においてほしい。

「刑余者のプライバシー」という観点は全くない。

これに対する県警の言い分は以下の通り。

  • 県警教養課長
    • 本名ではなく仮名で書くと、資料としての価値がなくなる。

    県警本部長

    • 本名でないと資料としての価値を損なう。
    • 新聞だって裁判資料だって実名で報道している。なぜ警察だけとやかく言われるのか。
    • 寝た子を起こすような点があっても、それは勘弁してほしい。
    • 旧悪を噂するような人がいれば、それは噂する方が悪い。

    警察庁 刑事局長

    • 裁判は公開で行われていて、犯人やその家族のプライバシーはその時点で損なわれているが、それは治安維持と公益性とのバランス。
    • 旧悪を暴くのが悪いというなら歴史ものや伝記ものだって書けなくなる。
    • もう少し慎重に編集してもらったらとは思う。

何と言うか・・・ 警察の対応はかなりクズだな・・・

 

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