急遽追っかけ

小笠原諸島Bonin islandsの北には前線が通過しようとしている。
今日1日は晴れか曇り。
最高気温は23℃になるという。

今日は、急遽母島に行こうと思う。
それはオリックスとかヤクルトにいた大引啓次ビッキーが野球教室をするというのである。
本当は、昨日は小笠原高校で野球教室をしていたと言うのだが、全く知らなかった。
それが、村長のInstagramで「明日は母島です」とあったので、やることもない折柄とて行こうと思ったわけだ。
ははじま丸の出航時刻は7時半。

目が覚めたら4時半ごろだった。
これで二度寝さえしなければ起床事故は免れるだろう。

それでも、朝早すぎるので、ソファーでぐったりしていることにする。

YouTubeでは、自民党の裏金問題について報じている。
大野泰正という議員は「すべて事務所に任せきっていた。検察と意見の齟齬がある。やましいところは無い」いかにも弁舌爽やかに言ってくれる。でも結局は「秘書のせい」。
どういう出自なのかと思ったら、岐阜県選出で、大野伴睦の孫だそうだ。

そんなことをしていたら、夜が白んできて、6時半も過ぎた。
出かけることにしよう。

相変わらず日差しは激しい。
裏通りでは、トキちゃんで亡くなった方のお別れ会の撤収をしている。
しかし、こんな朝早くから作業するものだろうか。

そして二見港のははじま丸の桟橋に行くことにする。
まだ6時台なので、カードは使える。
先ずは住民割引の申込書を書く。
この辺はさすがに学習しているので。
ちなみに今回は、村民割引で往復6380円。

ところで大引啓次ビッキーらしき人影が無いようだ。
そう思ったら、入り口のところで何やら白い上着を着た男が子供にサインを書いている。
これが大引啓次ビッキーらしい。意外に大柄ではない。
プロ野球選手を生で見るのなんて、石垣島に出張に行った時に見たキャンプ入りロッテの選手たちぐらいなので、もう少し大柄で存在感があるのかと思っていた。
また、女子ソフトボールの選手も来ている。
長崎望未という選手で、日本代表にもなったとか。

そこへ、村長がやってきて「今日はお願いします」と言っている。

そろそろ乗船時刻の始まりだ。

ははじま丸に乗り込み、座席に座ることにする。
さすがにマス席は座れなかった。

ところで大引啓次ビッキーはどこにいるんだろう?
探してみたらいなかった。

おそらくは、個室席でもいるのだろう。
有名人たるもの、ゆっくりしていたいだろうから。
まさか外から覗き込むわけにも行くまい。

ところで、肝心の野球教室なのであるが、いつどこでやるのだろうか。
そう思って、村民だよりを調べたら、ソフトボール教室が12時半、野球教室は15時だという。
つまり、野球教室のほうは帰りのははじま丸が出てからということになってしまう。
そうなると、大引啓次ビッキーが指導しているのを見るということはできないようだ。
これでは追っかけの意味がなくなるが、せめてソフトボール教室は見に行くことにしたい。
ちなみに、場所は母島小中学校の校庭であるという。

船内では暇なので、YouTubeで「世界一人種差別の酷い町」という動画を見る。
その街は、KKKの根拠地であることがそうした悪評につながっているということであった。
動画を見たところでは、個々人にインタビューをしてみても、飲み屋で酒を飲んでいても、特段のひどい事はなかったようだ。
考えてみれば、関東大震災の虐殺でも「朝鮮人」という、テレビもラジオも無い当時としては得体の知れない存在から家族を守りたかったというのがあるのかもしれない。
それだけ、無知というのは罪になるのだ。

さて、9時半近く、到着時刻になる。
デッキに出てみると、風はそれほど冷たくない。むしろ太陽の下は暑いほどだ。

そして母島・沖港に到着する。
到着したとはいっても、12時半までやることは全くないのだ。
店も漁協・前田商店は休みで、農協の店だけっている。

仕方ないので、レストハウス的な所でブログでもつけていることにしよう。
しかし、港の前なので風は冷たい。

ところで、母島小中学校の校庭と言うのはすぐに入れるんだろうか。
ちょっと下見してみることにしたい。
気分は不審者だ。

母島小学校の校庭の脇の坂を上ると、入ろうと思えば入れなくもない感じではある。
体育館では剣道の練習をやっている。
また、小笠原小学校と違ってプールがあるようだ。
結局、光線的に撮れそうなのは、坂の上の方のようだ。

そして、ロース記念館の方から坂を降りて、また、港のところに戻る。
そして、ガジュマルの下で、しばし日記をつける。

そして、11時半も近づいたので、大漁寿司に行くことにしたい。
ここは、12時に行っても満席と言う印象があるので、なるべく早く行った方が良い。

そう思って、大漁寿司に行ったら全くガラガラではないか。
カツ丼にしようか漬け丼にしようか迷ったが、結局漬け丼にすることにする。

11時半が過ぎ、だんだん人が入ってきた。
瞬く間にカウンターが満席になった。
乃公おれの読みは当たっていると言えば当たっていたのだ。

ともかくも食べ終わり、ソフトボール教室が始まる。0時半にはまだ早いので、またガジュマルの下で海風を浴びながらゆっくりしていることにしよう。

それでも、0時半が近づいたので、小中学校の校庭の坂の上のほうに行くことにしよう。
逆に、鯖の上の住宅地の子供たちは校庭のほうに急いで行く。
彼らがプロ野球選手の指導を受けに行くのだろう。

校庭では、白い服の大引啓次ビッキーがティーバッティングを始めている。

0時半までは、あと数分なのだが、炎天下の下、まるで身の置き場が無い。
向こうから見えないように、木の鍵に隠れている。
名実ともに不審者だ。

0時半になり、子供たちの挨拶が聞こえてくる。
ソフトボール教室が始まったようだ。

子供たちは、大体10人強ぐらいだろうか。
実は大人でも受講する事はできなくもないようなのだが、大人の姿は無い。

そしてさっきと同じようにロース記念館の方を回って坂を降りて行く。

後はもうやることなんてない。
ガジュマルの木の下で、Googleフォトのダブついた写真を削除していくことにする。
以前のサブロク体制の時の撮らなくても良い写真を削っていく。
今回は2023年6月。

そのうち、13時40分に近づいたので、沖港の船客待合所せんまちに行く。
そして、乗船名簿を受け取って、後は船を待つ。

そして、船に乗り込み、4列目の電源のある席に陣取り。

そして14時、出発する。
二見港と違って見送り船があるわけではないが、岸壁の人たちは手を振ったり走ったりして見送る。
これが母島文化なのだろう。

さて、こちらは早起きしてるので、少し休むことにしよう。

…と思ったら、電撃ネットワークの南部虎弾が急死という。
享年72。昭和だけでなく、平成も遠ざかっていくように思える。
そういえば「愛は勝つ」のKANも、やはり平成初期のアイコンであった。

しばらくウトウトしていたら、両方に島影が見えてきた。つまり、二見湾に入ったのだ。

そして、二見港に到着、今日の旅程は全て終わりである。

帰宅途中、生協で豚の細切れ肉を買っていく。
そして、小祝でプチニンニクを買っていくが、肉もこちらでささみを買ったほうがよかったかもしれない。

そして帰宅してしばらくぐったりしている。
夕食にはまだ早い。

明日職場に履くズボンを洗濯していなかったので、急いで洗濯することにしたい。
明日の朝までに乾くだろうか。

そして、18時近くに乗ったので、豚の細切れ肉を解凍して、乾燥ニンニクを水で戻して、キムチ鍋の準備をする。
この2回目のキムチ鍋のタイミングで生ごみも出してしまうことにする。

そして、寒いリビングでキムチ鍋。

そして、食べたらすぐエクササイズをすることにする。
ダメ派遣社員まさおを見るのも久しぶりのような気がする。

そしてまたソファーでぐったりしているのだが、YouTubeのライブニュースでは、ロシアのウクライナ侵攻で手足を失った人が多く、義手や義足の生産が間に合わないほどだと言う。
いくらフェチでも、このようなニュースに接すると非常に心が痛む。

さて、少し早いが風呂に入ろう。
風呂でも特に何をやるでもなく。

風呂から上がったら22時過ぎ。
寝るには早い時間だ。

しかし月曜日が怖い。

今日の決死出演は6名(累計24名)。

関連するエントリ(とシステム側で自動的に判断したもの)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です