師走の決死日和

小笠原諸島の今日(12月1日)の天気予報は、晴れ時々曇りで、最高気温は24℃、最低気温は21℃です。降水確率は10%で、風は南西の風がやや強く、波は3メートルのうねりを伴います。

目覚ましを消して7時過ぎに起きる。

YouTubeのライブニュースでは立山のトロリーバスが廃止することを報じている。
乃公おれ自身は2017年7月23日に乗っている。

ベッドの中で相変わらず事件史ブログを更新している。
画像制限は解除になった。

そんなことをしていたら9時過ぎてしまった。

まずは洗濯機ワシンミシンに洗濯物を放り込む。
今日は雨が降らないようなので、ベランダに干してもいいだろう。

そして朝食は韃靼そば。

洗濯物をベランダに干したら、そのまま事件史ブログ起こしに打ち込む。
本当に何時間でも溶けてしまう。
福井県が終わったら今度は兵庫県。

これだけで午前中が過ぎてしまった。

そんなことをしていたら11時40分ごろになってしまった。
そろそろ昼食を検討しないといけない。

ということで、裏通りに繰り出すことにしよう。
表通りも生協は休み。
曇っていて決死日和なのでハレの所でこの閑散とした所を決死しようと思ったら24−6車が通っていく。やば・・・

船が出ているだけに、裏通りも表通りもどこの店もっていない。
ただ一つ、キャミ婆の店はっている。

うわべ家もっていたのでここでハンバーグ弁当。
他の店がってないので、ってる店に客が集中するのも島あるある。

これを二見港に近いベンチで食べることにする。

食べ終わったら一旦帰宅。

やることといえばまた事件史ブログ起こし。
これで200ページ以上突破した。

さて、午後は図書館にでも行こうか。

曇り空の下、巉嶼ざんしょを走らせて奥村の図書館へ。

途中、とびうお桟橋の方を回ると釣り船が手持ち無沙汰だ。
船が出ているとこんなもんだろう。

そして図書館で「小笠原ことばしゃべる辞典」。
語源の中にはキリバスなんてのもある。この島は日本全国どころではない、太平洋の島々を流転した人々の島なのだ。

ところでLINEで24−6が「ボニーナでオイスターバーやってるので来ませんか」と。
親しそうな人が悉く勤務中。じゃ乃公おれが行った方がいいかな。

ということで、24−6に個別に打診してみる「行っていい?」結果、必要であれば車で迎えにいくがと。いや、かなり近所なのでそこまでは・・・

ともかくも、オイスターバーに向けて動くことに。

一旦帰宅することに。もう巉嶼ざんしょを洗ってしまうことにしよう。
そうしていると16時20分ぐらいに24-1と社宅の隣の人が戻ってきた。
「じゃあまた後ほど」と言っているので、別口で飲むのだろう。

そして洗い終わったら、潤滑油慣らしに市街地を1周して帰宅。

そして17時を待ちながら、また事件史ブログの起こしなんかしている。

そして、レモン林が鳴ったので、暗い中をボニーナへ。

24-2と24-6は既にいた。
そして、それぞれ酒や食べ物を頼んで中に入る。

そして、これでも健康に気を遣っているつもりだとか、孤独に耐える訓練をしているとか、そのような話。
また、24-2 も 24-6も北海道に住んでいたことがあるので そんな話。

そして18時半ぐらいに解散となったが、こちらはまだ 腹が減っているので クレヨンでタコスや小笠原うどんを食べて帰ることにする。

そしてまた事件史ブログのお越しをするが、さすがに もう 40ページ以上やったので限界も近いのでやめておくことにする。
兵庫も終わったので次は 高知。

20時も過ぎたので風呂に入ることにする。
そして日記を追いつかせる。
ところで、風呂用の小米XiaomiのスマホはCPUが遅いのか、Google keepがが反映されるのが遅い。

ともかくも22時過ぎに風呂から上がる。
そしてSNS周りをやってしまうことに。
BGMはふじわらのみいのロシア編。モスクワは平和なようだ。若者も結構いるのだが、モスクワを歩いている若者とウクライナの前線で戦争している若者はどう違うのだろう。

ところで23時になったので、もう寝ることにしよう。

今日の決死出演は4名(累計8名)。

関連するエントリ(とシステム側で自動的に判断したもの)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です