養老・揖斐・樽見・東港

回顧録です。(2023年5月7日しるす)

さて早朝の名古屋駅新幹線口です。
早速バルバデさんも決死に入れます。
そして近畿日本名古屋へ。

近畿日本の特急を桑名で乗り捨てる。
ということで養老線まで時間があるのだが、その間ナロー北勢線の西桑名まで行ってみる。
そして養老線の桑名へ。。。

この桑名発大垣行きの電車、列車交換のために多度で3分、駒野で5分、養老で5分停車する。
その間にこうして決死しているわけだが、運転士さんから見れば「何やら撮っている怪しいマニア」にしか見えないだろう。
いや、マニアなんて誰だって怪しいもんだ。そんなのは慣れっこか?
・・・兎も角も、こうして短い停車時間の間に決死に精を出す。
レオタード姿だけに多度駅の駅名標で撮りたかったが、人目が多くこれだけ取るのが精一杯。
仕方がないので、駒野の5分停車で鮮明な写真を撮影。

養老というのはひょうたんの産地のようである。
さて、この「養老」駅の決死に誰を出そうか・・・ と思ったところで、中の中の人が最高齢のメンを選ぶことにした。
とりあえず候補として考えられるのが、

この中で最高齢は、桜井浩子で昭和21年3月4日生まれ。
ということで、フジアキに出てもらうことに。

・・・ということで、これをもって岐阜県入りを果たしました。

さて、大垣に到着。
東海道本線だけではなく、美濃赤坂支線、養老鉄道、樽見鉄道が集結する一大ジャンクションである。
視界内に長大な貨物列車が通過していった。
駅名標と一緒に撮りましょうかね。
養老線は40分に1本走っているが、揖斐線は20分に1本のようである。
これは意外だった。
・・・ということで、今後は揖斐線の電車と撮るが、1枚目とどうちゃうねん?

さて、揖斐駅に到着しました。
世が世なら近鉄最北端だった駅です。
どうしても「揖斐駅」であることが分かる所で撮りたかったので、駅前のバスターミナルにて。

さて、揖斐駅からタクシーで黒野駅の跡のミュージアムに行くと2000円強かかってしまった。
ただ、途中の駅も見せてくれたので良い運転手さんだった。
曰く「やっぱり電車が無くなると急速に寂れるね。岐阜市が諦めちゃったから電車が無くなったんだ」とのこと。
さて、黒野に到着しましたと。
ホームにモ510系電車が保存してある。
子供用の手押し車にも「黒野⇔谷汲」とある。

さて、黒野駅からは岐阜バスが出ており、樽見鉄道の「モレラ岐阜」に出ることができる。
その「モレラ岐阜」とは、イオンのようなショッピングセンターである。
駅舎が離れた所に立っている。
駅名標と駅舎とモレラ岐阜を一緒に撮ってみる。

モレラ岐阜で乗った列車は本巣行きだったので、その本巣で一旦下車。
本巣には車庫があり、樽見鉄道の輸送の中心である。
駅舎は初期鉄建公団情緒にあふれている。
ちなみにWikipedia.jp:本巣駅によれば、昭和31年の開業だそうな。
ということで、本巣駅周辺で時間をつぶし、樽見行きがやって来たところで再び撮影。

ということで、樽見鉄道の終点・樽見駅に到着。
全くもって鉄建公団情緒に富んだ駅である。
そしていかにも3セク情緒に満ちた車両。
これこそが平成のローカル線である。
ところで、この駅前の胸像は誰なのか・・・
曰く、

宮脇留之助像
宮脇留之助翁顕彰碑文
氏は明治四年七月 本巣郡根尾村樽見に生まれ十八歳の時 福島県に赴き養蚕技術を習得し 村民の指導に当たる  日清 日露両戦役にも従軍し特務曹長に昇進 勲七等に叙せられる 一方当時の村民生活の窮状を座視出来ず根尾の開発と発展を念じ 若冠二十九歳で村会議員に初当選以来六期又本巣郡郡会議員に初当選以来二期に亘り電信電話の開通道路の改修 治山事業等に尽力するほか名木薄墨桜を中心に付近一帯の開発を提唱 その実現に努力 又この間国鉄樽見線誘致のため 村内外の有力者と相提携し猛運動を展開 漸く大正十一年四月大垣 樽見間が鉄道敷設法により 敷設予定鉄道路線に認定され今日の開通の基礎を築く これらの公益事業のため全私財を投入貧苦に喘ぎながらも 根尾村を こよなく愛し 発展を念願し続けた氏は昭和十八年十月七十二歳で生涯をこの地で終えた ここに氏の偉業を永く後世に伝えるため 生前の面影を像に残して顕彰する
昭和六十三年十一月吉日  宮脇留之助翁顕彰像建立委員会

これをTwitterに投稿してたら仲良しちゃんからリプ。
さあ、ではヤギー案件になったところで、チームTのヤギーに出てきてもらいましょう!!!
動もなかなかいい光線状態にならない。
行きの方が光線状態が良かった気がするのだが・・・
帰りはゴルゴ13の新刊でも読みつつのんびり旅行していた。
本巣で列車交換のために時間があったので、本巣駅の構内と共に。
かくて大垣に到着。
ホームはJR東海と共用。

さて、名古屋駅でも決死ですよ。
・・・ところで、何をもって「名古屋駅」とする?
名古屋駅というのは特徴があるようで無いような・・・
兎も角も、213系と撮る。
長野行き「しなの」と撮る。
果たして、駅名標と撮るのが一番手っ取り早いかな・・・みたいな。

さて、次は赤池の「レトロでんしゃ館」に行きましょう。
これは名古屋市営交通開業80周年記念のシールド展示。
これで地下鉄をガリガリ掘ったのだろう。
そして名古屋市電や地下鉄100系。

熱田神宮の前にて。
もう少し中に入ればよかっただろうか。
ということで神宮前駅。
そして急行で1駅行った大江。

何で大江で降りたかと言えば、それはもちろん名鉄築港線に乗るためですよ。
ということで、築港線の5000系。
出るのは中の中の人Wikipedia.jp:木下あゆ美)が愛知県出身のジャスミンですよ。
ほどなくして東名古屋港駅へ。

かくて新名古屋に戻ってきました。
しかし人が多いのと光線状態が悪いので決死がやりにくい・・・
どうにかこの程度の光線状態は撮れた。
「μ’sカード」ですってよ。
そうなるとノノナナ案件。。。!?

かくて新幹線で品川まで戻ってまいりました。
品川なら常磐線で座れることでしょう。

 

 

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