私鉄で北陸へ

2024年8月13日、新潟県や北陸地方では、湿度が高く、早朝に雷雨があり、その後は雲が広がる見込みです。気温は約31°Cまで上がり、体感温度は36°Cに達することもあります。今後数日間も雷雨や曇りが続く予報です。外出時には雨具を持参することをお勧めします。

会津若松のホテルで4時40分過ぎに目が覚める。
どうにか起床事故は免れそう。

ニュースによれば、東北を通過していた台風5号は熱帯低気圧になったという。
気象庁のホームページによれば、小笠原を通過しそうな台風7号は、暴風域が父島の西にそれてくれそうだが、油断は禁物だ。

さて、諸々の準備をして出ることにしよう。

5時半過ぎにホテルを出て、まずは会津バスターミナルの裏のコンビニへ。
ここで朝食のおにぎりを買う。ツナマヨネーズと納豆巻き。

そして、会津若松駅に向かうが、駅前の貨物扱場からはレールは取り外され、オフレールステーションとなってしまっている。

駅前には白虎隊の銅像がある。

そして駅に入り、4番線から只見線の1両編成のディーゼルカー。キハE120。
席は埋まっているが、どうにか座ることができた。

そして6時08分、出発する。
この先の長時間停車は、会津坂下5分、会津宮下9分、会津川口10分、只見23分。

ディーゼルカーは田園地帯を行く。
会津高田は、棒線駅になってしまっているが、駅前には農業倉庫や貨物上屋があり、雰囲気は十分だ。
ただし、駅舎自体は新しい待合室になってしまっている。

そして6時42分、会津坂下に到着。
駅の構造上、構内踏切を渡らないと液晶を撮影することができないので、急いで液晶を撮影する。
戻り次第に、構内踏切から交換列車と一緒ににしこくん仕事をしようとしたら、警笛を鳴らされてしまった。
「繰り返しのお願いではありますが、構内踏切上の撮影や白線からの撮影はご遠慮ください」と運転士に言われてしまった。
これはちょっとおとなしくしてないといけなさそうだ。
23分停車の只見はともかく、会津宮下や会津川口は雰囲気次第で検討することにしよう。どちらも構内踏切を渡らないと駅舎にたどり着くことができない。

ディーゼルカーは既に深山幽谷の趣の山奥を走る。

果たして7時29分、会津宮下に到着。
他にもホームに出る人がいるので、ホームに出て撮る位はいいだろう。
ただ、これで福島県大沼郡三島町を収鋲したと言っていいかどうか気が引けるが。
収鋲というなら本当は改札外まで出たいところ。

ともかくも、会津宮下では、ノートラブルで撮影をすることができた。

そして尚も1両編成は深山幽谷を走り、早戸という駅へ。
進行方向、左手のダム湖は霧がかかっており、神秘的な雰囲気だ。
そして、数人の客が降りていった。

ところで、この只見線、会津本郷、会津高田、会津坂下、会津坂本、会津柳津、会津宮下…と「会津〇〇」という駅が多いのだが、この早戸は日豊本線に隼人という駅がありながら「会津」は付かないのだ。

ともかくも、あまりに深山幽谷過ぎて携帯の電波すら入らない。

そして会津川口に到着。
会津川口は10分停車で、なおかつ島式ホームとなる。
急いで構内踏切を渡って、駅舎の前に出てにしこくん仕事

ここから先は、これまで乗ったことのなかった不通区間となる。

本名や会津横田などの各駅には復旧を祝う張り紙がしてあるが、線路は草がボーボーでJR東日本の線路とは思えない。

そして、久しぶりに市街地が開けてきて、只見に到着する。

只見は23分停車になるので、多くの人がホームに出る。
ところは、この只見駅、列車交換はできない棒線駅になってしまったのだ。
駅舎側の線路は既に錆びついている。会津若松方のポイントはレールが取り外されている。

列車交換もできないのに、なんで23分も止まるかはわからないが、ともかくもありがたく撮影させていただく。

ちなみに、只見線の駅で1番観光に気合が入っていたのは、この只見駅で、列車が発車するときは、駅の委託スタッフがみんな手を振ってくれた。

後は新潟県に向かって深山幽谷を走るだけ。

そう思ったら、いきなり列車は徐行する。
「進行方向左手に田子倉湖が見えます。右手には浅草岳が見えます」という観光案内である。
もはや只見線は生活路線ではなく、観光路線ということなのだろう。

そして六十里越のトンネルを抜ければ新潟県側に入り、その最初の駅が大白川駅となる。
大白川駅は周囲にはほとんど何もない。まるで留萌本線の峠下駅みたいなところだ。

そう思ったら、また仕事で爆弾が投げられてきた。
一部説明不足の部分があったのは確かなので、それは改めて説明することにする。
あくまで相手を刺激しないように。

ぐったりしつつ、終点小出への到着を待つ。

そして、魚野川の鉄橋を渡り、終点小出に到着。
小出駅の跨線橋には、最近Twitterでバズったキムワイプの広告がある。

そして小出駅の前に出てみれば、ほとんど何もない。
一応これでも魚沼市の中心駅となる。
魚野川の向こうが中心市街地となるようだ。

しばらく待って、上越線の水上行きに乗る。
混んでいて座れない。おそらくはほとんどが青春18きっぷの客だろう。

そして六日町に到着。六日町は南魚沼市の中心駅であるが、橋上駅になっている。
そして、4番線と5番線が、ほくほく線のホームとなっている。

そして、ほくほく線の車庫にもなっているようで、2編成の電車が休んでいる。

そのうちに、越後湯沢から2両編成の電車がやってきた。

混んでいて座ることはできない。
ちょうど昼時でカロリーメイトでも昼食にしようと思っていたのに、これでは食べれないではないか。

そう思っていたら、十日町の1つ手前のしんざでかなりの人が降りた。これで席が空いた。
そして、十日町でまたかなりの人が降りた。
つまり、新幹線で越後湯沢から乗り換えた十日町の人ということなのだろう。

その次のまつだいでもっとたくさんの人が降りた。
これで1人でワンボックス占有できるようになった。

しかし、北越急行というのはトンネルばかりで、電波がまるで通じない。まるでおがさわら丸だ。

それと、窓がよく曇るのだ。
これは長いトンネルに出たり入ったりで、気温の差があるからだろう。

そして浦川原を出ると、一面に田園風景が広がる。
これが米どころ越後なだ。

そして犀潟に到着し、信越本線に合流する。

次の黒井はなぜかほとんどの列車が通過するのだが、貨物は盛んのようだ。
いわば「上越貨物駅」。

そして直江津に到着する。

切符は直江津までなので、ここから先の切符を買わなければいけないが、まず青春18キッパーの清算の行列。
幸薄そうな家族連れが「18きっぷでほくほく線に乗れないなんて知りませんでした」と言うテイで清算している。
それでもちゃんと金は払っていた。

そして、自動券売機で切符を買うのだが、女性が2人並んでいる。
もうすぐに13時15分の泊行きが発車するというのに、悠々と切符を買っている。
あんまり男性脳女性脳など言うものでもないと思うが、女性は後に並んでることを一切気にしない人が多いような気がする。
小樽駅でもそんなことがあり、ナンパモードで「お手伝いしましょうか」と言ったら、びっくりして逃げていった。

ともかくも、JR西日本のキハ122と同じ形式の1両編成のディーゼルカーに乗って出発。
席は埋まっていて座れない。

結局、能生で座れることができた。
能生といえばキハ82の特急「白鳥」が運転開始する時、停車してくれるものと思って、鼓笛隊まで準備していた「能生にNO」事件を思い出す。
停車は停車でも、それは列車交換のための運転停車であったという。

しかし、この路線も結構トンネルが多く、すぐ窓が曇る。

そして市振からあいの風とやま鉄道になるが、あっけなく停車して発車する。

そして泊に到着。えちごトキめき鉄道とあいの風とやま鉄道の事実上の境界駅はここになる。
そして金沢文庫のように同一ホームで縦列乗り換えができる。

どうせ縦列乗換するなら、駅舎から階段を渡らないで1番線で乗り換えできるようにすればいいのに、何でそれをしないのか・・・と思ったが、跨線橋を渡ってそれがわかった気がする。
糸魚川方から、泊の1番線に入ることができないのだ。どうしても入りたかったらポイント工事するしかない。
どうせ並行在来線で経営分離するんだったら、JR西もそのくらいの置き土産をあげても良かった気がするんだが。

ともかくも、向こうから富山行きが来たので乗り換える。
どうにか座ることができた。

後は富山を目指すだけ。
別に新幹線でも良いのだが、富山から金沢をまだ乗ってないような気がしたので、下で行くことにする。金沢には充分余裕で到着する。

そして富山に到着して金沢行きに乗り換える。金沢行きは階段を降りて別のホームに行かなければいけない。
なんでこんなに不便なんだろうか。

とにかく、金沢行きに乗り換えることにする。
JR西日本の521系と同じ車両。

倶利伽羅峠を越えるあたりで、長いトンネルを出ると石川県に入る。

森本に到着するあたりで、大粒の雨が降ってきた。
ところが、隣の東金沢に到着した頃には、雨は止んでしまった。

ともかく金沢に到着。
金沢からは同じホームで、小松行きに乗り換えることができる。

そして西金沢に到着。西金沢の駅前に北陸鉄道の新西金沢駅がある。
これぞ北陸私鉄という面持ちが残っている。

ほどなくして、元京王のステンプラカーが来る。
車内はそこそこ乗っている。

そして程なくして野々市工大前駅に到着。
別に野々市に用があるわけではないが、野々市市を収鋲したかっただけ。

北鉄自動車学校の古い広告が北陸私鉄の味を出している市内局番こそ2桁だが、明らかに白山下行きの旧型車が走っていた時頃を知っている駅舎だ。

さあ額住宅前で交換する野町行きに乗るぜ…と思ったら、次に来るのも鶴来行きであると。

という事は、どこに車両を押し込めていたんだろうか。
野町の2番線とか?

ともかくも、次に来た鶴来行きは、東急の福島交通みたいな改造をした車両だった。
それをやり過ごして17時50分、野町行きがやってきた。

それで終点の野町まで行く。
野町の駅は棒線化しており、2番線は線路が取り外してあった。

ここから金沢駅までバスで行くことにする。表通りに出るとバスはいくらでも来る。

果たして金沢駅に到着。
まずやる事は夕食を食べること。金沢駅の中のゴーゴーカレーで夕食。
金沢駅店限定のいしる・能登塩・加賀豚のカレーだというので、1つ食べてみようか。

結構並んでると思ったらすぐ入ることができた。

食べ終わったらコインランドリーへ。しかし結構歩かされる。
おがさわら丸で買ったばかりのギョサンだからそう思うだけなのか。
結構足が痛くて血豆が出ている。

コインランドリーで選択している50分の間にどこかファミレスか喫茶店でも…と思ったが無いので、一品料理屋へ。
テンパった感じの接客でなんだか申し訳ない感じ。ここで地酒の飲み比べセットとエイヒレと豆苗炒め。
隣の男女はキャバの同伴だろうか。

ここで3,290円費消し、金沢駅前を突っ切ってホテルへ。

金沢駅周辺では、ずっとお揃いの大学のTシャツを着た運動部員と思しき一団が何人も歩いているのだが、金沢でカレッジスポーツの大会が何かあっただろうか。

ともかくもホテルへ。
チェックインに時間がかかると思って、自動チェックイン機にいったらチェックインカードが無いとできないらしい。
その間に外人など6名に並ばれてた。

それでもどうにかチェックインしてスマホに充電して風呂に入る。
今日はカラスの行水。

そしてスマホと充電器とお土産だけ持って駅のバス乗り場へ。
2番乗り場にたくさん並んでるのでおそらくこれじゃないかと思ったらそうだった。
51番のみどり2丁目行き。

そして片町で降りてぽよの店に行くことにする。
しかし金沢というのは思った以上にはるかに都会的だ。

店に入るとぽよは喜んでくれた。

しかしまたなんで金沢なのかというと、歌舞伎町で働いてた頃の店のプロデューサーが、金沢にもう1店舗オープンすることにしたらしい。
なんでまたすすきのでも中洲でもなく、金沢なのかと言うと「多分まだ開拓してないところだからじゃないかな」と。
「マカは今何やってるの」と言うので、「要は大学を卒業したけど何もできない店長で、黒服とか女の子から『店長何やってんですか』とか言われてるようなそんな仕事」と説明したら分かってくれた。
いつまで小笠原にいるのと言う話になったので、多分3月までじゃないかなと言う話をしたら、次どこに行くのと言う話になり、それはよくわからないと話したら「北陸になるといいね」と。
また、みんな現実的な人生のフェーズに行っちゃうね、なんて話。だったら婚活でもすればいいわけだけど。
そんなこんなで、1時間すぐ過ぎてしまった。ここで終わりなら21,000円、30分延長なら29,000円、1時間延長から34,000円。
何分にもケチ客なのでここで終わることにした。

あとはコンビニでハイボールを買ってタクシーで帰ることにした。

ホテル戻るが、にしこくんブログがまるで追いついていない。
もう明日に持ち越すのも仕方ないかな。

23時も過ぎたしあとはもう寝ようかな。

今日の決死出演は7名(累計22名)。

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