絶景の中の発狂

安倍政権の「在庫一掃内閣」で、ボケ老人ながら公文書担当・地方創生担当大臣入りした北村誠吾は最後の最後でまたやらかした。

後任の大臣との引継ぎで「47都道府県で相当ホラを吹いて回った」というのである。
「誠吾」という名に合わず、何という誠意のないことか・・・・

なにしろ誠意の欠片もなく地方創生大臣には不適格な痴呆老人であるから、森友学園での公文書問題でも、立件民主の山井和則議員の「文書作成の際には『いつだれの責任で作成したと明記せよ』とあるが?」との質問に対し、
「来年度より保存する。これまでのことはご容赦願いたい」と抜け抜けと答弁するほどの痴呆ぶりである。

このようにのらりくらり回答していても、国民の支持が落ちることは無い、という自民党なりの「方程式」ができてしまっているのであろう。

申し訳ないがこんな北村誠吾でも国務大臣の職にある。
野党がどれだけ追及して、例えばその結果心身に異常をきたすことがあったとしても、権力者たる国務大臣に対するそれは「いじめ」には該当しないのだ。「高齢者虐待」の対象外。
だから、本来であればとことんまで追及するべきだったのになぜそれをしなかったのか・・・

と、地方創生という任務に対し「このようなポンコツ大臣が充当される」ということ自体、安倍政権が地方創生ということに対しどのようなスタンスでいたかという証左ではないだろうか。

今回ダークツーリズムで回る事件は、そのような東京の机上で繰り広げられる「地方創生」から最も遠いのではないかと思われるような漁村で発生した事件である。

昭和33年も8月に入ってすぐの昭和33年8月2日の読売新聞では、右下に比較的大きい扱いで「発狂した母子五人 老婆と夫を殺す」という見出しで報じている。

それは北海道の渡島半島の根元にある、久遠郡大成村で発生した。

そもそも、北海道久遠郡大成村と言われて、北海道の地理にある程度詳しくて分かるだろうか。
「札幌の方」でも「函館の方」でもなく、その中間にあるのだが、かといって室蘭でもなければ長万部でもない。
あえて言えば長万部は渡島半島の根元の噴火湾側(東側)にあるが、大成村はその反対側の日本海側(西側)にある、という説明の仕方になるだろうか。
それでも、この事件の3年前である昭和30年に久遠村と貝取澗村が合併した時点では人口が7,000人もいたのだという。
昭和30年代であればニシンも相当獲れて、ヤン衆で活気もあり現在想像するような田舎の寂しさもそれほどなかったのかもしれない。

そんな漁村の文字会夏休みの最中の8月1日・・・

ある家のお母さんと19歳になる長女、18歳になる次女が家財道具を放り出して家の前の道でキチガイ踊りを始めたではないか!

「あああ~ん!母ちゃんと姉ちゃんがおかしくなっちゃった~」
近所の人がそれを見つけ、東瀬棚警察署と消防団員が駆けつけて取り押さえた。
「あんた達何してんのさ!狂ったのかぃ?」

家の中に入ってみると、16歳の三女と14歳の長男がやはり狂って踊っている。
その中心には、メッタ刺しにされて死んだ父親と、奥の間には姑が絞殺されていたのだ。

都合、5人の気違いを遠く函館の病院まで収容しなければならなくなった。
今でも悠に3~4時間はかかる距離である。
道路が舗装されていない当時であればどのくらいかかったことか・・・

ではなぜ殺したのか?
母ちゃんによれば「神様の言うことを聞かないから殺した」というのである。
生活の苦しさから新興宗教に凝っていた、という報道がなされている。

さて、そんな北海道の辺地をダークツーリズムする訳だが….

朝のバスは9:10。
バスの時刻の事情とはいえ、朝遅いのは有り難い。

点呼を取ってみると、誰かいない…
確認してみると、真夜がいなかった。
昨日連れてきた覚えはないし… 忘れて来たんだろうか。

ホテルに近い新地町バス停の江差ターミナル行きは9:10で、反対側は熊石行きが9:25で大成学校前行きが10:45。

一度江差ターミナルへ行き、江差ターミナルで決死してから熊石行きに乗り、熊石で決死してから大成へ…と思っていたら、江差バスターミナルに到着の直前、「熊石」行きのバスとすれ違う。

どゆこと?て思いつつも深く考えずに江差のターミナルに到着してみると、熊石行きは9:16に出発済みだったのだ。本当に熊石決死したいならタクシーでも使えば良かった。

ところで江差ターミナルは味があって素晴らしい。
惜しむらくは、WiMAXの電波が入らないこと。
決死モデル:チームRハナ仮面ライダー電王出身)

10:45の大成学校前行きのバスが来たので乗り込むことに。

昨日は湯ノ岱でトイレ休憩があったので、大成という長い距離のバスにもトイレ休憩があるはず。

運転手に聞いてみると、乙部でも熊石でもなく、その中間の道の駅元和台という所で休憩があるという。

バスは北海道西海岸の奇岩景勝を走って行く。
予め、Googleストリートで決死スポットの目安を付けておく。

そして道の駅元和台に到着。
「3分停車ですね?」と確認すると、「そうだけどゆっくりでいいよ」という。

運転手は外に出て煙草を吸っている。
こちらもお言葉に甘えて決死させてもらった。
決死モデル:チームWB小津麗魔法戦隊マジレンジャー出身)

自分以外に客は老人ばかり4人。1分ほど遅れて睨まれてしまった。
かと思うと、出発後、そこから程無い老人施設で数人の老人が降りる。お金の支払いに手間取って遅れている。こういうのはあまり良いものではない。というかお互いがお互いに許し合えないのだ。

バスは熊石を過ぎ、せたな町に入る。
昭和の大合併前は「貝取澗村」だった部分であるが、集落らしい集落がほとんど見当たらない。これでも独立した自治体だったのだろうか。

さて、バスは宮野から西側の海岸線に入り、元々の大成町の市街地へと入っていく。
市街地らしくなってきたところで終点の大成学校前に到着する。

ここから事件現場へと歩を進めることにする。
申し訳ばかりのような畑作地を通り、海岸段丘の階段を降りたところに現場はある。
というかこの周囲は奇岩景勝が多く絶景である。このような絶景の中で貧困に喘ぐ一家はキチガイ踊りを演じたのだ。
決死モデルチームPウメコ特捜戦隊デカレンジャー出身)

再び海岸段丘を登って大成学校前のバス停に戻る。

大成学校前のバス停は、バス停のポールがあるだけではなく、ちょっとした待合室とトイレがあり、バスが2台停まれるスペースもあり、ちょっとした「バスターミナル」の体を成している。
今ではせたな町として合併されはしたが、旧大成町の交通ターミナルとして町が整備したものであろう。
トイレもそこそこ綺麗ではあった。
決死モデル:チームWB嵐山太陽戦隊サンバルカン出身)

ところで、バス停のポールに何やら書いている。要は「9月いっぱいで熊石~大成は廃止になります」
え・・・それは知らなかった。今回はここを旅行先に選んで良かった。

待つこと1時間強、北檜山からのバスがやってきた。この北檜山行きのバスは廃止にならない。いずれにしても、江差から日本海側を北上して長万部まで、というのはもうできない。

存続する方の大成~北檜山のバスは海岸沿いではなく人家のない山奥を走って行く。
ちなみに、大成の先を海岸沿いに走ると太田という、現時点でのバスの終点に行き当たり、その先は瀬棚に出ることになる。

この北檜山行きは14:30に北檜山バスターミナルに到着するが、同じ14:30に長万部行きが出るというのである。
そうなると、渋滞か何かでこの北檜山行きが遅れれば長万部行きには乗れないということになる。

その点を運転手に確認すると「大丈夫ですよ。接続しますから」という。

そして山を越えて市街地に入ると北檜山である。
北檜山というとまるで北九州市のような合併した結果の地名であるように思えるが、それは半分正しい。
明治35年、後年の北檜山町域は「東瀬棚村」として瀬棚村から分村することになった。
これが昭和30年に太櫓村と合併し「北檜山町」になったという経緯がある。
太櫓村というのは大成~北檜山のバスで来た若松集落あたりがその中心であるという。

それはともかく、国鉄瀬棚線の北檜山駅をもらい受けた凾館バス北檜山ターミナルに到着。
世が世なら瀬棚線のホームであった場所にバスが来る。
決死モデル:チームWBミサメグ超獣戦隊ライブマン出身)

北檜山からは長万部行きのバスとなる。

北檜山では決死する暇もなく慌ただしく乗り換えかと思ったら、意外にも余裕はあった。
長万部行きは瀬棚から来るもので、少し遅れていたのだ。

ともあれ、程なくして長万部行きのバスの人となる。
これは瀬棚線の代行バスとしての役割もある。

バスは渋滞も無く快調に走る。
1時間もすると内浦湾が見えてきた。
あとは国道5号線を長万部を目指すだけ。

そして16時ちょうどに長万部駅に到着。
ここからは例の1万2千円のフリー切符となる。
決死モデル:チームTヤギーウルトラマンメビウス出身)

札幌行きの北斗11号は16:25発であるというが、20分ぐらい遅れているという。
16:38に出るはずの小樽行きもそれに合わせて遅れることになる。
小樽行きは「DECMO」H100系気動車であった。

さて、キハ261「北斗11号」の自由席はそこそこ人はいた。
ただし2席占有することはできた。
あとは苫小牧を目指すだけ。

苫小牧に到着すると部活帰りと思しき高校生がそこそこいた。
それにしても、駅前には何もない。
ちょうど夕食時なのに食べる所も無い・・・
これはどういうこと? 一応室蘭とか北見より人口多いんでしょ?
この寂れ具合は何!?

ただ、駅の中にセブイレはあったのでそこでおにぎりでも食べることにしましょう。

日高本線は19:10の静内行き。
鉄道は鵡川までしか走っていないが、代行バスは静内まで走るということである。

本当は明るい時に来たかったが・・・
ところで、キハ40は2両編成である必要はあるだろうか?
決死モデル:チームTエリーウルトラマンマックス出身)

鵡川までキハ40の2両編成で来て、鵡川から先は代行バスになる。
鵡川ではファンと思しき客が結構いて、写真をバシャバシャ撮っていた。

鵡川からのJRバスは客は4名。
真っ暗闇の道を走る。
汐見はかなり国道から外れたところにあるが、律義に寄って行く。

そして富川に到着。
20:30前に到着したが、周囲はもう何も営業している気配はない。

国道スジに出ると、ドラッグストアやラーメン屋は営業していたが、ホテルまでは真っ暗闇の国道沿いである。
それに加えてスマホのバッテリーが切れてしまった。

本当に生きてホテルにたどり着けるだろうか・・と思っていたら猫? いや、キタキツネが横切って行った。

ともあれ、どうにか今日の宿にたどり着くことができた。
しかしフロントには誰もいない。
しかし書置きがあった。
「明日清算お願いします」
というか明日は5時半起きなんだけど・・・

ホテルまで行くのにこんな心細い思いをするのはシアヌークビル以来である。
決死モデル:チームWBナギサヤ電撃戦隊チェンジマン出身)

 

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