恋の関越道

奇しくも、欠損バーのあもりちゃんが「シッティングバレーをやりたい」と言っている。

以前(とはいってもかれこれ20年ぐらい前)、シッティングバレーのボラをやろう思ってたことは拙ブログでも言及したとうりである。
また、それだけでは飽き足らずパラスキーのボラをやったこともあった。
その時は、群馬で合宿講習会があり、確かLHDの女性(6才上で眼鏡でべリショー)といい感じに話ができたのだが・・・

けっきょく、それ以上の進展はなかった。
今思い返すと、痛い話ばかり。自分がメンへラでコミュ障だったということが大きすぎる。
でもまあいいさ。そういうのも成長の糧・・・ ってことでいいんじゃないだろうか。いろいろ迷惑はかけてしまった訳だけど。.

今日は、「私的devotee史」の一環として、その頃の息吹を偲んでみたいと思う。
その群馬の尾瀬の近くで行われたパラスキーの講習会は、前日夜に王子駅に集合したのだった。王子駅だったのは、王子の身障者スポーツセンターからも参加者をピックアップということからである。
そしてバスは夜の関越道を北へ向かったのだった。

松戸から王子に行くにあたっては、町屋から都電に乗ることとしたい。
決死モデル:トルソーさんナイ

もちろん常磐線方面からであれば、都電に乗るよりも、日暮里から京浜東北に乗る方がよほど近くはあるのだが。
そう思って町屋から8500系に乗ったら運良く最前席ゲット。
確かにこの都電荒川線、交通体系としては「放射放向」ではなく、南武線や武蔵野線と同じ「環状方向」なので、それぞれの結節点で客が大きく入れ替わる。それで座れる機会は多くあるだろう。今回の自分にしたって、町屋という結節点から王子という結節点での利用である。

その都電荒川線も、今や「東京さくらトラム」などという愛称名が付いており、鉄道事業者はそう呼ぶように言われているようだが、さして評判は良くないようである。しかし、これを中国語っぽく意訳すれば「東京桜軌」となり、個人的には嫌いではない。
ところで、目の前のいかにもなオタクサラリーマンがiPadで「民主党がどうたら」「国会デモがどうたら」とかいうウヨ動画見てんだけど・・・ 何でオタクは右に行っちゃうの?

そんなこんなで王子駅前に到着。
確か集合地点は、人気ひとけが無くて京浜東北線のガードと垂直方向だったと思う。
そう考えると、北端の北とぴあの方ではないだろうか。

そう考えて商店街を進むと、見覚えのある通りだった。そうそう。この通りを通って、障害者スポーツセンターへの送迎バスに乗ったんだった。あの頃はなんか色々変なことをやらかしたものだった。まあいいや。いちいち思い出してると鬱病になってしまうので全ては忘却の彼方だ。
障害者スポーツセンターへのバスは現在でもあった。それ専用のバス停も立っているが、かつての都営バスのような白いポールである。こんなに古いバス停、あの頃も立っていただろうか・・・? まあ、あるってことはあったんだろう。
・前述の、スキー講習会でいい感じに話できたショートカットのLHD女性は眼鏡をかけていた。という事で決死モデルはチームTヤギーに務めてもらうこととする。

さて、そんな一方的なときめきを乗せて走ったバスを偲んで関越道方面に行くのであれば、いっそ現在話題になっているNGT48劇場を見に新潟まで足を伸ばしてみるか・・・!

もちろん乗る列車は「Maxとき315号」。
この列車も、Max全廃を機に「Maxとき」ではなくなる。その前に乗ることとしたい。
決死モデル:チームP桃園

指定席を取ろうと思ったが、あいにく満席だったのでガーラ湯沢行きの1〜8号車に近い9号車に乗ることに。
指定席が満席なので最悪立ち席すら覚悟したが、幸い右側の窓際の席をゲットすることができた。
あとは埼京線を横目に新潟を目指すだけである。

国境のトンネルを抜けるとそこは雪国だった・・・のはいいとして、1階席に座っているとやたら水が当たってくる。これは北陸らしい湿り雪ではなく、スプリンクラーだったのだ。この散水に使っている水道代やボイラー費はいかばかりのものであろうか。

ちなみにここでの決死モデルはトルソーさんアハメス
NGT48楽曲としての「Maxとき315号」のセンターは「おかっぱ」こと高倉萌香だったので、TRS48のおかっぱメンであるアハメスに登場願うことにしたい。
(本来アハメスは髪が長かったのだが、TRS48に入る時に無理やり切られ、「Desire」の時の中森明菜のような銀色のおかっぱになってしまった)

ところで、そのNGT48「Maxとき315号」の冒頭に出てくる、

〽️最後のトンネルを抜ければ近づく 美しいあの街

とはどこになるだろうか。

上越新幹線のトンネル一覧は以下のページで見ることができる。

下り列車にとって最後のトンネルは、浦佐〜長岡間の滝谷トンネルであるということが分かる。

つまり「美しいあの街」とは新潟市ではなく長岡市のことだったのだ。

そういえば13日のオフ会で話した新潟出身・・・というか長岡出身の人もそれを自慢していた。ちなみにその人は北原里英きたりえ推しだった。やはり新潟市に対してはライバル意識があるらしい。
その新潟市が「平成の大合併」で新津の方まで合併しているのと同様、長岡市も日本海沿岸の寺泊町まで合併しているので、今や長岡市は内陸都市ではない。

それはともかく、その「最後のトンネル」を抜けると雪は全く無くなっており、晴れていた。
あとはもう終点の新潟を目指すのみである。
晴れた越後平野を新幹線は走る。

そして新潟駅に到着。
アナウンスでは「両側の扉が開きます。お乗り換えのお客様は左側からお降りください」みたいな事を言っていたが、新潟駅が高架化してからというもの、酒田や秋田を目指す「いなほ」とは同じホームで乗り換えができるらしい。
決死モデル:トルソーさんラ・バルバ・デ

そして高架化して新幹線と同じ所に在来線が来るようになったので、新潟駅の表口である万代口からはかなり歩かされるようになった。
駅舎に近くなると、昔ながらの跨線橋となるが、かつての地平ホームは撤去作業の真っ最中であった。この作業が完了すると、いよいよ現在の新潟駅も取り壊して新築ということになるのだろう。

新潟駅といえば横並び式のバスターミナルであり、現在でもそれはあるが、それ以上に現在はBRTである。
決死モデル:チームRナオミ

政令指定都市となったなった新潟市の交通の目玉はBRTということになっているようだが、開通前後の篠田市長の新潟交通に対するさも迷惑そうな発言といい、うまく行っていないようである。そしてまた市民からも乗り換えなどで評判が悪く、廃止論まで出ているようである。

BRTといえばジャカルタで走っていた。ジャカルタBRTの場合、専用の走行レーンを確保し、専用の乗り場を作って、現金では無くカードでしか乗れないようになっており、一般の路線バスとは一線を画していた。ただし旅行者である自分自身はそのカードを買うのが面倒でついぞ乗らないままになってまった。
翻って、その新潟BRTはといえば、新潟駅前のバス乗り場こそ独立しているが、バス車両も2車体のものがたまに来るが、大体は新潟交通の普通のバスであり、大して変わりばえのするものではない。
ただ、Suicaが使えるのは有り難かった。

さて、新潟市内の観光名所といえば古町5丁目のドカベンストリートであろう。

「ケツバットガール」が一時期ツイッター映えする名所として名を馳せたが、作者の水島新司がそれに怒って銅像を撤去するのしないのという騒ぎにも発展したようである。
結局、御大側が矛を収めたのか現在でもドカベン像は古町にある。

ところで、画像のケツバット女性は躍動感だけではなく美脚でありデニール 感も素晴らしい。恐らくはアラフォーぐらいの年の頃であると思われるが、このくらいの年代の人はどんどん短いスカートを履くべきである。
そしていよいよケツバットを。。。

バニーダルマ姿なので、尻尾をバットの芯で振り抜く形としたい。数回撮り直してどうにか形になるものができた。
決死モデル:チームWBノノナナ

また、このドカベンストリートは、山田太郎だけでは無くあぶさんや「野球狂の詩」の水原勇気や岩田鉄五郎鉄つぁんの銅像もある。もちろん山田太郎のチームメイト里中・殿馬・岩鬼もいる。

さて、12:19の新幹線で新潟に到着して、14:19の新幹線で新潟を出発しないといけないので慌ただしい。さっさと次なる目的地へ行くこととしたい。

ということで万代シティで降りてバスセンターへ。
新潟駅と万代シティバスセンターの棲み分けは、新潟駅が市内線、万代シティバスセンターが郊外線と高速バスという使い分けのようである。
決死モデル:チームWB嵐山

それで、古町のバス停で万代シティ行きのバスを待っても全然来なかったわけである。とはいえ、新潟駅前行きに乗っても、十分万代シティバス停から徒歩圏内にバスセンターはある。

バスセンターは盛岡バスセンターや後藤寺バスセンターほどではないにしても昭和の情緒が溢れている。

万代シティバスセンターの名物といえばカレーライスで、昔ながらのカレー(ココイチでいうグランドマザーカレーみたいなの)が有名であり、なんとレトルト化されて全国に販売されるまでになった程である。
それで、構内の蕎麦屋は事実上「カレーショップ」と化している。
それでカレーの匂いがバスセンターの一角に立ち込めている。

一口食べてみると、そう、この懐かしい味。カレーが下手に本格化したせいで忘れられているのではないかという味であった。

さて。カレー食ってたらもう新幹線まで30分切ってしまった。今回、行き先を新潟に変えたのはNGT48の件があるからである。
さて、こんどはNGT48劇場へ急ぐとしましょう・・・

とは言っても、NGT48劇場は万代シティバスセンターの目と鼻の先である。この写真を撮った背後がもう万代シティバスセンターなのだ。
決死モデルチームPウメコ

外壁には新曲「世界の人へ」の宣伝がまだあり、被害メンバーも加害者とされているメンバーも一緒に笑顏で写っている。新潟県内のスポンサーも続々と下り、ダーティーなイメージの付いたNGT48は今後どうなるやら・・・といった感じである。

劇場はファッションビルの4階にあり、エレベータ一で上がるようになっている。

そのエレベーターを上がり切った所にNGT48劇場があり、今日はもちろん公演をやっていないので柵が閉まっている。

「今月の公演は行わない」旨の貼り紙をカップルが眺めていた。そのカップルの女の方は、白いミニスカートにナマ脚で、到底冬の新潟にふさわしい恰好とも思えない。100デニール以上の黑ストを履いた方がいい(なんでデニールまで指定?)。

それはともかく、各メンバーの写真や外仕事の広告が物悲しい。
見るだけ見たらさっさと駅へ向かいましょう。

新潟駅の入り口に、コンシェルジュサービス付き高級マンションの広告が。こんなマンションにNGTのメンも入っていたのだろうか。

それはともかくまた長々步いて新幹線ホームへ。
決死モデル:チームTアンヌ

東北新幹線の盛岡と同じで、まず長岡と高崎ぐらいにしか止まらないタイプの「とき」が出発し、そのすぐ後に停車駅の多い「とき」が出るダイヤとなっている。

今回は越後湯沢でおりるので、遅い方の「とき」に乗る。そしてこちらはMaxではなくE2系であったが、更新車でコンセントが付いている。これはありがたい。

そして15時07分、越後湯沢に到着。
関越道の湯沢インターに来る新潟〜東京のバスは15時21分なので、そうそう時間はない。

タクシー乗り場に行くと、タクシーは1台しかなく、そのタクシーには中国人家族が乗ろうとしているが、あーでもないこ一でもないと、出発する気配がない。
決死モデル:チームWB小津麗

そんなことなら自分が先に乗って出発したいくらいなのだが、一体この中国人チャンコロ共は何をウダウダ議論しているのか・・・というか世界標準では日本人がおとなし過ぎ?
ともかくも次のタクシーが来る気配もないので、タクシー会社に電話すると、「湯沢駅なら待ってれば来ますよ!」と素っ気ない。
それでも時間は刻一刻迫って来る。最悪、バスを乗り逃したら関越道のバスは諦めるしかない。

その可能性を考え始めていたらタクシーが来た。間に合うかどうかは未知数であったが、結局ものの数分で湯沢のインターに到着した。

湯沢インターのバス停は雪深い所にあり、待合室はあっても暖房もない。それも市街地までのフィーダーとなる交通機関もなくタクシー頼みという状態である。

伊予西条に行った時も思ったが、高速バスの途中停留所のこのアクセスレスな状態はどうにかならんか。

それはさておき、湯沢インターのバス停はスキーにはうってつけのこの大雪である。
バスの方は、約10分遅れで湯沢に到着した。この雪で定刻で来れるはずはそもそもなかつたのである。

ちなみに、新潟を始発とする高速バスは「県内バス」「県外バス」という分け方をしているようであるが、その「県外バス」であるところの東京行きのバスは西武バス・新潟交通・越後交通の3社が共同運行しているようであるが、今回の便は越後交通車。車内には3人程度しか乗っていなかった。

さて、こうして無事にバスに乗ったらあとは「恥の多い行程」を偲んでみることとしましょう。

川端康成「雪国」に出てくる「国境のトンネル」とは清水トンネルであったが、関越道の場合国境のトンネルは関越トンネルとなり、その長さは11kmで、1985年に開通し2015年に首都高の山手トンネルが開通するまで日本最長の道路トンネルであった。
その工事の様子は「プロジェクトX」にも取り上げられている。

さて、その長大トンネルを抜け群馬県側に入ったら決死と洒落込みたい。あのLHD女性はレナぐらいの髮の短さだった。
決死モデル:チームTレナ

休憩の上里サービスエリアは風が強く、とても決死どころではなかった。
ところで、この地の名物であるという焼きまんじゅうの歌が、まるでアメリカの子供番組みたいである。

そして一路ラストスパートを駆け抜け、大泉インターで関越道を下りた頃にはもう暗くなっていた。
このバスは池袋行きであるが、東京側では川越的場、練馬駅、下落合駅と停まる。
新宿に一番近いのは下落合駅となるので、ここで降りることとするか・・・

下落合とはまたマニアなセンスであると思うが、大泉〜池袋の道路を考えるとここがべターな選択ということなのだろう。
ちなみにここは国道でもない。

それにしても、まるでデリー発の急行列車の始発駅がアーナンド・ビハールだった時のような気分である。あるいはデリー発トリバンドラム行きのラジダーニ特急のムンバイでの最寄り駅がVasai roadだとか、そんな感じ。

ところで、そもそも新潟行きのバスはバスタ新宿には入れないのだろうか?
まあすべての高速バスがバスタ新宿の始発というわけではないし(例えば岩手県交通の遠野・釜石号は秋葉原駅前の発着)、別にいいか・・・

下落合の駅で急行や準急をやり過ごし、やっと来た各駅停車で西武新宿を目指す。

そんな新潟の旅でしたとさ。

さて、ブログ運営の話になると、ふだん、決死旅行の様子をブログに書く時は旅行後、多大な時間を費して書くことになるが今回はその都度バス乗車中などの暇な時間にGoogle keepに逐一書き留めることにして、旅行後の時間を節約することができた。
今後もこの方式をとることにしたい。

 

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