だからもうベトナムは戦争の頃のイメージは無いんだってば・・・>自分
サイゴンでの処刑 pic.twitter.com/SVapqF93m0
— ボンノネギ夫♻️能年さんは神 (@takachan0517) 2013年9月24日
列車はベトナム中部を行く。
駅では「Gà」という表示が目立つ。
Gà(鵸)とは鶏のこと。この界隈は鶏肉の産地なのであろうか。
ここからは帰仁に出る支線が分岐しているので、走っているかどうか駅員に聞いてみたら「走っていない」という。
仕方がないので、引き続きこの列車に乗ることにする。
おそらくそういう可能性もあるかと思い、切符はあらかじめ芽荘まで買っていたのである。
そして列車は昼過ぎに芽荘に到着。
(決死モデル:チームY宇崎)
待合室には「党共産越南光栄万年!」なんて書いてある。
越南が社会主義国なのは知っているが、ここまであからさまなスローガンは、少なくとも河内ではなかった。
田舎だとこのような色彩が濃くなるのだろうか・・・?
とはいえ、駅舎まで見た𠄳や海防などではここまでのスローガンは無かった。
また、町へ出ると、秋田のババヘラのようなアイスクリーム屋台があるのだが、何とメニューにロシア語がある。
東西冷戦時代は、ソ連からのリゾート客がこの芽荘に来ていたということなのだろうか。
このように、あからさまに共産主義的な広場まである。
ロシアだったらここにレーニン像があったであろう。
そのあたりをWikipediaで調べると、
その後、社会主義政府の高級官僚用のリゾートとなる。
といった記述がある。
現在でもリゾート都市であると言うが、その頃からの名残なのだろう。
そんな、社会主義からの・・・ いや、フランス植民地時代からのリゾートに恥じない青い海が広がる。
(決死モデル:チームWB嵐山)
本当であれば、ここに1泊ぐらいして、水着でも持って来て泳げればよかったのかもしれない。
芽荘はそれほどの楽園である。
さて、芽荘から柴棍へ行く列車は、19:40の発車である。
どうにかしてそれまでの時間を潰さなければいけない。
とはいえ、街中の至る所にフランス風のオープンカフェが軒を構えているような街である。
カフェをはしごしてネットでもやりつつ時間を潰す場所には事欠かない。
また、フォーはもやしが山盛りの南ベトナム風であった。
さて、最後は駅に近い所のオープンカフェに陣取って、甘ったるいベトナムコーヒーでも飲みながら時間を潰しますかね・・・
(決死モデル:チームR園田)
ベトナムコーヒーは、練乳が入っており独特の漉し器でドリップする。
ネットしながら過ごすのはいいとして、バッテリーの方も心配である。
さて、日がすっかり暮れて19時を回り、良い時間になったので駅へと赴くことにする。
今晩乗る列車は芽荘~柴棍の区間運転ながら、「ゴールデントレイン」というベトナム随一の高級列車であるという。
その割には、柴棍の到着は明日の4:00頃というのはどういうことだろう?
もう少し有効時間帯に近付けることはできなかったのだろうか。
大体にして、そんな時間に柴棍に到着したとして何ができるというのだろう?
ベトナムの人の考えることはよく分からんね・・・
と思いつつ、それでもこの列車は高級列車だけあって、車内販売も充実していたりする。
明日は早いので、ビールでも飲んで寝ることにしますかね・・・。