お前が可愛いからセクハラするんだ。どうでもいい相手にはセクハラなんてしない

門前仲町の富岡八幡宮でえらいことになっている。
ただ、それはもう何年も前から2chでその予兆はあったらしい。

拙ブログで「事件現場を歩く」というカテゴリを作っているとはいえ、それは犯罪好きというより「昭和史」という観点からアプローチしているもので、殺人事件という残虐なものにはそうそう触れたいものではない。

ただ、今回興味を引いたのは、殺人被害者となった女性宮司の最後のブログエントリ(12/7 14:45)である。
事件発生は7日20時頃なので、事件発生5時間前の更新ということになる。

曰く、

先般もある神社の神主が、私を呼び捨てにして、体を触り、手まで握り、腰に手を当てたので、私はハッキリ拒絶して、「いい加減にして下さい。」と言ったら、⭕⭕さんが、「まあ、まあ、🌀🌀さんは、宮司さんと親戚のようなもので、可愛くて仕方ないんですよ」と言い、それを聞いた⚪⚪さんが、「さすが⭕⭕さんは上手い事をおっしゃる。」と褒め称えました。
⭕⭕さんと⚪⚪さんは同級生で同じ年だから、同じような価値観を持っているのだと思いますが、私は嫌なものは嫌なんです❗

こういうことは自分の人生の中でも過去に複数回あった。
「お前が可愛いから聞くんだ」
「どうでもいい相手にはこんなことは言わない」

決まってこんなことを言われ、挙句の果てにはそのコミュニティでのカースト低位に置かれる始末。いや、カースト低位どころではない。カースト外のアンタッチャブルである。
そして「受け流せばいいのに」というセカンドレイプまでがお定まりである。

ネットが発達し、ツイッターをやってよかったと思うことの一つに、「このようなことに対して怒っていいんだ」という認識を持てるようになったことがある。
そのようなことがあって、当方は「絆」だとかいう言葉に信用は持てないでいる。セクハラやパワハラを許容できなければ「絆」は維持できないのだろうか?
そりゃ過疎化や限界集落も発生するわけである。地方は滅びるべくして滅んでいるのだ。

・・・というのはともかく、場所も近いこととて実際に富岡八幡宮に行ってみましょう。

事件から24時間と経過していないだけに、鳥居の前にも報道陣が蝟集している。
今回の決死モデルは、警察マターだけにデカレンジャー出身のチームYジャスミン

今回の犯行は、被害に遭った女性宮司の弟夫婦であるという。
女性問題で宮司を解任されたことによる不満であるというが、このあたりはどうなっていたのだろう?
真面目さや力量から言えば、最初から姉の方が適任だったのかもしれない。しかし長男であるということと、推測ではあるが神社本庁の庇護があって、やりたい放題できていたという面もあったのではないだろうか。
少なくとも、神社本庁を脱退してまで云々という女性宮司を取り立てよう考えには到底至らなかったであろう。
どの組織でも「真面目で有能だからすなわち出世する」ということは意外に無い。組織なのだから「その組織に対して従順であること」の方がむしろ大切なのだ。有能であっても組織に従順でなかったために干されている例など枚挙にいとまがない。
最近の日馬富士の暴行問題での貴乃花親方にしたってそうである。一般庶民には報道でしか知り得ないにしても、ガチンコ相撲で知られてきた貴乃花や大乃国は、巡業部長や巡業副部長というさほど重要でもないポストに回される。その組織で星の売り買いが常識になっているのであれば、その共犯になった方が組織では重用されるのだ。安っぽい正義感など、きっと組織の中では無駄でしかないのだ。

いみじくも、この富岡八幡宮は相撲とのかかわりも深く、「大関力士碑」などの相撲にちなんだ石碑も多い。

ここは「江戸勧進相撲」発祥の地であり、歴代の横綱の名前も石碑に刻まれている。
今般の被害者となった女性宮司と横綱が一緒に写った写真もある。

今般の事件と相撲界に共通するもの、それは「日本の伝統」を笠に着た腐敗が一気に噴き出したということではないだろうか。
日馬富士の事件はモンゴル力士同士の喧嘩だとする考えもあるかもしれない。しかし、日馬富士はモンゴルから連れてこられ、「かわいがり」という名の暴力が当たり前の世界を「伝統的な日本の姿」と認識したままでここまで来たのではないだろうか。

「愛国心とはならず者の最後の砦だ(Patriotism is the last refuge of a scoundrel)」とは、イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンの名言である。
自分の暴力を「大きな権威」の下に正当化したいという心理は、洋の東西を問わず普遍的に存在するということであろう。

さて、せっかく神域まで来てお参りしないという法もあるまい、ということでお参りすることに。

事件を知っているかどうかは兎も角、普通の参拝客らしき人々も来ているが、やはり多いのは放送局のIDカードをぶら下げた人々である。

素行上どんな噂があったにしても、宮司はもうこの世にいない。
今後、誰がこの「江戸最大の八幡宮」を切り盛りしていくことになるのか・・・

東京大空襲の後、昭和天皇が視察されたことを記念する碑の前にはイエローテープが張ってあり、事件の発生を示している。

容疑者である弟まで自殺した今、事件の解明は永久に不可能になってしまった。

この先は、神社本庁の風通しがどれだけよくなるかではないだろうか。
「日本の伝統」として密室の中になったものの膿が、ここへ来て急に噴き出している印象がある。

「伝統」などというものは、そもそも無かったということなのかもしれない。

 

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