弾丸出港

小笠原諸島Bonin islandsは高気圧に覆われている。
今日1日は曇りか晴れ。
最高気温は28℃になるという。

目が覚めたのは7時ごろ。
もうエアーベッドにいるうちからAIで障害女子の生成である。

やっと起き出してソファーに座ったのが8時過ぎ。
そしてブラウザゲームの先週のまとめ。
新しいパーティーには良い戦士が入って来週は期待していい?

で、また耽溺するようにAIで障害女子の生成である。

今日分かったことは、具体的な地名を入れるとやる気を出してくれないということである。
だから「福井に恐竜が出た」などと書いても出してくれない。
それで「カニ料理店とソースカツ丼屋とおろしそば屋が並ぶ街」とすれば良いわけだ。

それと、義手だけ指定してるのについでに義足まで生成される問題はどうにかならないか?

そんなことをしていたら、11時すら過ぎてしまった。
いい加減外に出ることにしよう。

外に出ると日差しが激しい。
どこかからカラオケの声が聞こえてくる。
大神山公園だろうか。

村民クーポンの問題であるが、結局チャラでは使えるようだ。

ともかくも、今日の昼食をどこにするかと言えば、結局うわべ家で漬け丼を買うことにした。
今日の島魚はカンパチ。

生協脇の広場で共勝丸を見ながら食べる。

問題のカラオケがまた聞こえてきた。
男の声でEXILEのChoo Choo TRAINを歌っている。
村中に聞こえるのである。
結局、どこから聞こえてくるかと言うと、昨日相撲のビジョンが出ていた大神山神社の広場だった。

どうやら、今日の18時から園芸大会があるので、それの準備をやっているらしい。
高校生たちがなかなか楽しそうに青春している。

ともかくも帰宅。

ところで、第2圃場のミントの方なのであるが、ここへきて、もう絶望であると判断するに至った。
一体全体何が悪かったのだろう。
植え替えをしたことが悪かったのだろうか。
その点をしっかり振り返ることができなければ、また同じ間違いをしてしまいそうだ。

ともかく、枯れてしまったミントは捨ててしまうことにする。

そして、同じ第2圃場にアマゾンで届いたミントの種を植えることにする。
そして、再びジム部屋に置くことにする。
芽が出るまで1ヵ月ぐらいかかるのだという。

そして、ついでなので、今日の分の洗濯をしてしまうことにしよう。
それが終わったら、いよいよ出発することにしよう。

すべての準備を整え、外に出ると日差しが激しい。
例のカラオケの練習は、「花の子ルンルン」になっていた。
それが村中に響き渡っているわけである。

二見港に行くと、既に賑わっていた。

そして、搭乗券引換証チケットに交換することにする。

乗ろうとしたら、いつもの小笠原太鼓だけではなく、別の踊りもやっている。
そのような中、船に乗っていくわけだ。

さて、この先出港するまで慌ただしい。
にしこくん仕事をしてそれをすぐInstagramに載せる。
そして、Twitterにも「東京に行きます」と書く。
それに、時間があればもう一つやりたいことがあったのだ。

ともかくも、急いで2等寝台の自分のベッドに荷物を置いて7階に上がる。
そしてデッキからお見送りの儀式である。

InstagramにもTwitterにも投稿が終わった。
そしてそのもう一つの「やりたいこと」なのだが、ある事件に関するYouTubeの動画を見ることだった。

その事件は、昭和34年に発生した事件で、結局殺人、被害者の身元も分からないまま昭和49年に時効になったというものである。
2022年1月8日のエントリーでも触れているが、中学校の頃に郷土史事典のようなもので初めて知ったが、その復顔像がやたら不気味でトラウマになったのである。
来年の3月24日に時効から50年を迎えるので、副業ブログで取り上げなければならないと思っており、いつかは見なければいけないと思っていた。

それで、この出港の賑わいの中で、恐怖感を吹き飛ばしてもらいながら見ようと、そういう肚である。

ということで、「いってらっしゃーい」の歓声の中で何をやっているかといえば、こうやって不気味な殺人事件のYouTubeを見ているわけである。

実際に見ての感想は、「そういう事実もあったのね」というものだった。
特に事件の数日後に行方不明になった主婦など、少なくとも国会図書館に通ってスキャンをしてきた記事では全然触れられていない。
ただ何より、人工的な顔ということであれば、最近、社会生活ができなくなるレベルでドハマりのAIの元祖のようなものではないか。
もっと言えば、決死撮影だってそんなものではないか。

動画自体は、YouTubeらしい文脈で進められており、それに対してそれなりの数のコメントが寄せられており、これまでに感じていた深刻な不気味さが薄れるような気持ちになっていた。
ただ、やはり「身元不明者の復顔像は不気味で、その前を通るのは怖かった」という意見はあった。

とりあえず、見るだけ見たので、7階のラウンジでのんびりすることにしよう。
後はもう電波も切れていくので、本を読むなり何なりしよう。

しかし今日はよく揺れる。
ラウンジで何か読んでたら酔っ払ってしまうのでベッドに戻ることにしよう。

ベッドの中では三島由紀夫「戦後日記」を読む。
さすがに高名な小説家だけやってて、読ませる文章だ。
特に、「学生にふさわしい文章はアスリート的文章だけだ。どんなに華美な衣装をつけていても、下には健康な筋骨が見え隠れしていなくければいけない」と書いてあり、その点は現在でも通用するのではないかと思う。
また、それに続けて「最近、太陽の季節という学生拳闘選手のことを書いた若い人の小説を読んだら、アスリート的文章ではなく正反対の学生文学つの文章で書かれていたのが残念であった」と書いてあった。
なるほど、石原慎太郎は後年のイメージのような硬派なスポーツマンだとは思われていなかったようだ。

ところで、だんだん口が寂しくなってきた。
それに、17時になってしまい、夕食に向けた行動をしなければいけない。

しばらく、4階のいつものところで、ジャイアントコーンをつまみながら足を投げ出して座っていたが、ふと思い立って3階にある「ミニサロン南島」に行ってみることにした。

果たして、「ミニサロン南島」に来てみると、自動販売機や給湯設備も完備しているのだが、高い椅子が何個か並んでいるだけなので、長居するには向いていないようだ。

まぁ、一応これも経験と言うことで、ここは後にしてやはり7階の「ラウンジ母島」に行くことにする。
17時も過ぎているので、もう外はすっかり暗くなっている。

まだ17時半は少し過ぎた程度で、18時まではまだ遠い。

ちょうど、17時45分になったので非常食にお湯を入れに行くことにしたい。
こうすれば、18時ちょうどに非常食のわかめご飯を食べることができるわけだ。

食べ終わったら、さっさと寝ることにしよう。
食べてすぐ横になるのは、逆流性胃腸炎のリスクにもなるわけだが、船酔いの前にはそんなことも言ってられない。

ベッドではうつらうつら寝ながら、「事件・犯罪大事典」のOCR作業なんかしてる。
かなり捗って10個以上できた。

21時になると、船内放送が鳴る。
「レストランの営業終了後、24時まで開放する」揺れもおさまってきたので、ひとつ行ってみることにしようか。

それと、酒でも飲まないと眠れないような気がする。
それで「飲む福祉」ストゼロを買っていくことにした。財布に現金が1000円強しかないのだ。

ともかくも、ストゼロ飲みつつ「事件・犯罪大事典」のOCRを進めるが、20ページ近く進めることができた。
これを資料用ブログに反映するだけだ。

2本も飲むと、さすがに酔いが回ってくる。
さっさと寝ることにしよう。

今日の決死出演は5名(累計21名)。

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