【義手と義足の昭和史】戦後10年目の傷痍軍人(昭和30.5.19)

伊是名夏子さんの件はいつまで経っても尾を引いている。
皆さん、一週間以上経ってなおそこまで憎悪を燃やすことができる原動力は何かね?
障害者に親でも殺された?

今回の「義手と義足の昭和史」は、この伊是名さんの件に非常にそっくりな話が66年前の新聞記事にあったという話題である。

時代は「川崎バス闘争」を展開した青い芝の会の頃と全然変わっていないのではないかと思わされる。
いや、それ以前から進歩していないのかもしれない。

戦後10年が経過した昭和30年、山口県ではこんなニュースがあった。

昭和30年5月19日の「夕刊みなと」では、傷痍軍人に関するこんなニュースが報じられている。
ちなみに「夕刊みなと」とは山口県下関市で発行されていた夕刊紙で、のちの山口新聞となる。

10:20に下関に到着する山陰線の下り列車でこんなことがあったのだという。

「車内の皆様、長途の旅お疲れの所しばらくお妨げいたします。我々傷痍軍人は…」
「何が傷痍軍人だ!」
「我々だって好き好んでこんな恥を晒してるのではない。無謀な戦争に駆り出されて不具者となっても国は何もしてくれない。それに対して抗議しているのだ」
「戦争犠牲者といえば国民みんなが戦争犠牲者なんだ!国はそれなりに恩給を与えているではないか。それに同じ傷痍軍人でもそんなことをしないで立派に頑張っている人もいる。日本は敗戦の無一物から立ち上がろうともがいているのだ。君たちは努力が足りない。甘えているのだ!」

これはまた、一字一句、現在のTwitterに跋扈する冷笑系ウヨの物言いそのものではないか。一般庶民だてらに目線がなぜか権力側に立ってる所も含めて。
もうこれは… 日本人のDNAか何かだろうか?

結局この件は、車掌が間を取りなして収まったのだという。

そしてまた、言い争った乗客は身体障害者福祉法も例に挙げたのだという。
投稿者は、それが充分な補償たり得るかに疑問を呈しており、「日露の戦役の頃のように国家が上向きだった頃ですら廃兵は薬を売り歩かないといけなかった。戦争が悪いのさで済ませるのはどうか」と結んでいる。
今なら「サヨクの戯れ言」と一笑に付されるだろうか。

かれこれ66年前になる昭和30年のこの地方新聞の記事の一言一句が、まるっきり令和の今のTwitterそのものを見ているようである。
人間社会なんてそうそう変わるものではないということだろう。

これに対し、下関市の福祉当局は「一種の労働行為なので何とも言えない。山口県傷痍軍人会もこの種の行為はやらないように言ってるようなのだが…」と、この問題から逃げようとしている。

さて、今般の事件のあった来宮駅へ行ってみることにしましょう。

熱海駅から伊東線に乗って1駅となる。
脇にはJR東海の静岡行きが走り抜けていく。
ここに駅を作ろうと思えばできるのだ。

そして熱海の市街地も実はこちらの方が熱海駅より近いのだ。
いっそ「西熱海駅」「本熱海駅」とでもして上東ラインをここまで延伸してはどうだろうか。

さて、駅であるが島式ホームに階段が1つ。
これではなかなか車椅子を運ぶのも難儀であろう。

洋館風の駅の前には、熱海市消防本部の訓練場もある。
気合いの入った声で訓練をしていた。

あとは収鋲記の方で…

 

 

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