大石順教尼の足跡を偲ぶ(3)堀江六人斬り 惨劇の跡

大石順教尼の足跡を偲ぶ旅の最後は、「堀江六人斬り」の惨劇の跡である。

「大阪府警察史 第1巻」によれば、惨劇のあった山梅楼は、
西区北堀江上通三丁目一七七番地
にあったのだという。

北に「北堀江上通二丁目」、
東に「北堀江下通二丁目」が通っているというので、街区の北東角にある建物ということになる。

どうやら、古い地図と現在の地図を重ねてみると、確かにその場所が浮かび上がってきた。

地下鉄の長堀鶴見緑地線で西大橋で下車。
少し南に歩く。
決死モデル:チームP桃園

正にここに、山梅楼があったのではないかと推測される。
現在は入居者がいないのではないかと推測される古びたビルである。

これで大石順教尼の足跡を偲ぶ旅は終わり。
順教尼の人生の時系列の逆を辿る形となった。

この晩夜行バスで東京に帰り、そのまま会社に出勤し、その夕方に今度は八潮秘宝館によるという強行日程である。
八潮秘宝館の館主・兵頭喜貴氏は、愛媛県野村町出身であるという。
お土産に愛媛県南予地方の物を持っていこうと思ったが、じゃこ天は売り切れているという。
仕方がないので、他の物を買うことに・・・

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