第4回ウォーキング・第366回プール 〜徒歩でプール〜

体重の推移は以下の如し。

体重は-2.8kg(前回比-0.1kg)、10回平均で-2.7kg(前回比±0.0kg)と、なかなか壁を越えられない状態となっている。

体重の減りやすい徹夜案件後であり、なおかつ昨日歩いてもこんなもんか。

今回はウォーキングとプールを兼ねたい。
つまり徒歩でプールへ行くということ。

箱根駅伝のスタート地点でもある、大手町は読売新聞社前から中央区のプールまでの2.7kmなので距離としては大したことはない。
急遽午後からの予定が入ったので、コインランドリーで洗濯する暇もなく、昨日銭湯に入った時に着替えを使わなくてよかったと、昨日の自分の判断力に感謝である。

今日のスタートは、前述の通り箱根駅伝のスタートと同じ読売新聞社前。
スタート地点には箱根駅伝の「絆」という銅像が立っている。
決死モデル:トルソーさんファラキャ

ただし箱根駅伝が南下するのに対して、今回のウォーキングは東進することにする。また、左奥には大手町ビルがあり、既にして築60年となっている。

出発してすぐ山手線のガードを通るが、実はここは正式には東北本線ということになる。東北本線の起点駅は、上野駅ではなく東京駅となる。

そして東進を続けると、次は日本橋川を渡ることになる。

古式ゆかしい石造りの橋は常盤橋であり、西詰には渋沢栄一の銅像が立っている。
渋沢栄一は第一国立銀行や東京証券取引所を設立した「日本資本主義の父」と呼ばれる人物である。
渋沢は幼少期に学んだ『論語』を拠り所に倫理と利益の両立を掲げ、経済を発展させ、利益を独占するのではなく、国全体を豊かにする為に、富は全体で共有するものとして社会に還元する「道徳経済合一説」を説いたのだという。

現在、日本の経済政策を牛耳っており、自らが教授を務める大学の学生が自らを批判したことで退学を迫られるまでの事態になっている竹中平蔵を見て、「日本資本主義の父」渋沢栄一はどう思うだろうか。

そして常盤橋をさらに東進すると日本橋三越に行き当たる。

日本橋三越のある日本橋北詰で撮影すると、三越だけではなく粉飾決済やブラックな労働環境で名を馳せたスルガ銀行や、日本橋の向こうには激詰め文化の社風で有名な野村證券の本店がある。

スルガ銀行の黒い建物は、保育社の都電の写真集にもあったので、昭和43年の廃止時には既にあったことになる。そこからかれこれ50年以上、この地に鎮座していたことになる。

そしてなおも東進し江戸橋へ。
1989年まで、都営浅草線の日本橋駅は「江戸橋駅」と呼称していた。確かに都営の日本橋駅は江戸橋の通りにある。

昭和42年(1967年)の時点で銀座線の日本橋駅と都営浅草線の駅は東西線の開業により一緒の駅になっていたが、そこから22年間別の駅名だった。

その江戸橋の北詰を通り過ぎ、小舟町の交差点を右に入ると「努力は実る」とどこかで聞いたようなフレーズが目に入る。
何と、北九州予備校の東京校があるらしい。
北予備と言えば厳しいことで知られるが、東京校があるとは知らなかった。

ところで、この北予備がどんなふうに厳しいかと言うと、Wikipediaによれば、

入学式、体育大会、座禅会など、特徴的な年間行事があり、クラスに日直が存在するなど、厳格さをモットーにしている。出席はタイムカードで厳格に管理されている。

・・・ということらしい。

そして人形町は甘酒横丁へ。
ここまでくると、中央区のプールからコインランドリーへ行く道なので良く通っている。

ところでなぜ「甘酒横丁」なのかと言うと、これまたWikipediaによれば、

明治初期に、通りの入り口近くに「尾張屋」という甘酒屋があったことから名づけられたと言われる。

・・・という事なのだという。
要は1店舗だけそういう店があったということで名前が決まったらしい。
最近のB級グルメみたいなものではないだろうか。

さて、当社比でライトだったウォーキングもここで終わり。
プールに到着した。

かれこれ久しぶりにプールに行くような気がする。
水中ウォーキングと普通にウォーキングするのとでどっちが効果的なんだろうか。

それはともかく今日も普通に水中ウォーキング。

ところで、ウォーキングを始めて思ったのだが、その内容をこうしてブログに書くだけで、結構な時間を取られるという問題が発生している。
これどうにかならないかな・・・

 

 

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